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二十七歳
にじゅうしちさい
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「坂口安吾全集 05」 筑摩書房
1998(平成10)年6月20日
初出「新潮 第四四巻第三号」1947(昭和22)年3月1日
入力者tatsuki
校正者深津辰男・美智子
公開 / 更新2009-06-27 / 2016-04-15
長さの目安約 38 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 魂や情熱を嘲笑ふことは非常に容易なことなので、私はこの年代に就て回想するのに幾たび迷つたか知れない。私は今も嘲笑ふであらうか。私は讃美するかも知れぬ。いづれも虚偽でありながら、真実でもありうることが分るので、私はひどく馬鹿々々しい。
 この戦争中に矢田津世子が死んだ。私は死亡通知の一枚のハガキを握つて、二三分間、一筋か二筋の涙といふものを、ながした。そのときはもう日本の負けることは明らかな時で、いづれ本土は戦場となり、私も死に、日本の男はあらまし死に、女だけが残つて、殺気立つた兵隊たちのオモチャになつて殺されたり可愛がられたりするのだらうと考へてゐたので、私は重荷を下したやうにホッとした気持があつた。
 つまり私はそのときも尚、矢田津世子にはミレンがあつたが、矢田津世子も亦、さうであつたと思ふ。
 私は大井広介にたのまれて、戦争中、「現代文学」といふ雑誌の同人になつた。そのとき野口冨士男が編輯に当つて、私たちには独断で矢田津世子に原稿をたのんだ。その雑誌を見て、私はひどく腹を立てた。まるで私が野口冨士男をそゝのかして矢田さんに原稿をたのませたやうに思はれるからであつた。果して井上友一郎がさうカン違ひをして、編輯者の権威いづこにありやと云つて大井広介にネヂこんできたさうであるが、井上がさう思ふのは無理もなく、それだけに、矢田津世子が、より以上に、さう思ひこむに相違ないので、私の怒りは、ひどかつたのだ。
 けれども、そのとき、野口冨士男の話に、矢田さんが、原稿を郵送せずに、野口の家へとゞけに来たといふ、矢田さんは美人ですねといふ野口の話をきゝながら、私はいさゝか断腸の思ひでもあつた。
 まだ私たちが初めて知りあひ、恋らしいものをして、一日会はずにゐると息絶えるやうな幼稚な情熱のなかで暮してゐた頃、私たちは子供ではない、と矢田津世子が吐きすてるやうに云つた。それは愛慾に就て子供ではないといふ意味ではなく、私たちは大島敬司といふ男にだまされて変な雑誌に関係してゐたので、大島に対する怒りの言葉であつたが、私は変にその言葉を忘れることができない。
 あなたは大人であつたのか。私は? 私は馬鹿々々しいのだ。何よりも、魂と、情熱の尤もらしい顔つきが、せつなく、馬鹿々々しくて仕方がないのだ。その馬鹿らしさは、私以上に、あなたが知つてゐたやうな気がする。そのくせ、あなたは、郵便で送らずに、野口の家へわざ/\原稿をとゞけるやうな芸当ができるのだが、それを女の太々しさと云つてよいのだか、悲しさといふのだか、それまでを、馬鹿々々しいと言ひ切る自信が私にはないので、私は尚さら、せつないのだ。
 その頃から、あなたは病臥したらしい。そして、あなたが死んで、ハガキ一枚の通知になるまで、私はあなたが、肺病でねてゐることすら知らなかつた。
 私の母は私とあなたが結婚するものだと思ひこみ信じて…

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