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冬を迎へようとして
ふゆをむかえようとして
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「新潮 1914(大正3)年12月号」 新潮社
1914(大正3)年12月1日
初出「新潮」新潮社、1914(大正3)年12月号
入力者林幸雄
校正者小林徹
公開 / 更新2003-01-27 / 2014-09-17
長さの目安約 10 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

     ――(櫻田本郷町のHさんへ)――
 今日はほんとうにお珍しいおいでゝ、お歸りになつてから「お前は今日よつぽどどうかしてゐたね。」といはれましたほど、私の調子が狂ひました。ほんとうにあなたはめつたにお出ましにならないので、私どものやうに引越してばかりゐますと、ついあなたが御存じない家も出來てまゐります、今日はほんとうに嬉しうございました。
 けれど、これといつて何一つ取りとめたお話もいたしませんでしたのねえ、狹い私の家中を驅け廻つてゐるまあちやんとせつちやんの遊びは、二人[#ルビの「ふたり」は底本では「わたし」]のやりかけた話をたび/\さらつて行きました、私はたゞ、あなたが(このあなたがは、とても字では表はせないけれど、語氣を強めて言つているのですよ)兎角まあちやんの聲に母親らしい注意をひかれがちなのを、不思議さうに珍らしさうに眺めてゐました。ほんとにまあちやんの大きくおなんなさいましたこと、今更らしく思つてみれば、あなたもK子さんも立派な母親なんですわね。K[#底本では「K」が欠落]子さんとこのせつちやんたら、この頃では私の家へひとりで遊びになど來るやうになりました。門の戸が開いたと思ふと小さな足音がして、いきなりお縁側のところで「さいなら!」などゝ言つてゐます。
 あなた方はほんとうに、愛すまいとしても愛せずには居られないやうなものを持つていらつしやいます。深く、強く、眞摯にものを愛することが出來るといふのは、なんといふまあ仕合せなことでせう! それだのにあなた方は、いつも自分一人が子持ちになどなつて割がわるいのだといふやうな顏をしていらつしやるほんたうに罰があたりますよ。だけど、子供なんか要らないなどゝ仰言るのは、要するに空虚な言葉にちがひありません。何故といつて、今まあ假にある禍ひが來て、あなたのその要らない子供を奪つて行くとしませう、その時あなたは必と、身も世もあげてそのお子さんを救はうとなさるにちがひありませんもの。心の心は、要らないどころか、大事で大事でならないものを、煩いなどゝあんまり世間並みなことを仰言るな、あなたの惠まれた母の愛を、猶この上とも眞面目にお大切になさいまし。
 あなたにお別れしてからの電車の中で、私は今夜はじめて乘越しといふ失敗をしました。晝のうち復習が出來なかつたものだから、せめて電車の中でゝもと思つて、動詞の語尾の變化に夢中になつてゐるうちに、いつか水道橋は過ぎてしまひ、ふと氣がついてみると、もうお茶の水まで來てゐるのです。あまりの間拔けさに自分で自分にきまりわるく、すぐ引返さうかと思つたけれど、どうせもう後れたのだから、いつそ文法の時間をすましてからにしようと、そのままぶら/\と電車通りへ歩き出しました。
 駿河臺の少しものさびれたところに、活動の廣告の赤い行燈が、ぽつかりとついてゐたのが妙に頭に殘りました[#…

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