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金銭無情
きんせんむじょう
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「坂口安吾全集 05」 筑摩書房
1998(平成10)年6月20日
初出金銭無情「別冊文藝春秋 第二巻第三号」文藝春秋新社、1947(昭和22)年6月1日<br>失恋難「月刊読売 第五巻第八号」1947(昭和22)年8月1日<br>夜の王様「サロン 第二巻第八号」1947(昭和22)年9月1日<br>王様失脚「サロン 第二巻第一〇号」1947(昭和22)年11月1日
入力者tatsuki
校正者深津辰男・美智子
公開 / 更新2009-07-02 / 2016-04-15
長さの目安約 162 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

   金銭無情

 最上清人は哲学者だ。十年ほど前、エピキュロスに於ける何とかといふ論文と、プラトンの何とかといふ論文を私も雑誌に見かけたことがあるが、その後は著作はやらなくなり、講壇に立つたことは一度もないので、哲学専門の学生でも彼の名は知らない。
 先日私のもとに訪れてきた雑誌記者の話によれば、彼の恩師のDD氏は、哲学界の新人は? といふ記者の問に答へて、さて、新人かどうか、彼はすでに旧人だが、と、最上清人の名をあげて、彼の思想はギリシャにもローマにも近代にも似てゐない、たゞ人間に似てゐる。最も個性的な仕事が期待できるのだが、彼は著作しないだらうと答へたといふ。実際彼は記者から執筆の依頼を受けて応じたことは、すでに十年、絶無であつた。
 私は然し他でも彼の評判を耳にしたことがあつた。QQ神父及びLL氏、LL氏は日本の大学では文学史や中世思想史を講ぜられたが、本国仏蘭西に於ては著名な羅典語学者で、私はこの御両名から、日本に於て本当に羅典語を解する人は最上清人だらうと承つたことがある。彼はそのころある書店で古典の叢書編纂に当つてをり飜訳者を探してゐた。私は彼と中学時代の同窓であるが、彼が羅典語に通じてゐるといふことは、その時まで知らなかつた。
 彼は昔、心中したことがあつた。相手の女は銘酒屋の娼婦で、女は死んだが、彼は生き返つた。警察の取調べを受けて、死んでも生きても同じことだ、と呟いたといふ。私は旧友の名を新聞記事の中に見出しながら吹きだしたのであるが、後日彼と交游を深めるやうになつて、僕は首くゝりを主張したが、女が催眠薬にしようと云つてきかなかつたんだ、僕は自殺は考へてゐたが心中といふ考へはなかつたので、女が催眠薬をのむといふなら、僕は僕で首くゝりをした方がよかつたんだが、僕が先に死んぢやつてぶら下つたんぢや怖しいと女が言ふんでね、万やむを得ず心中的になつちやつたんだ、と言つた。
 彼が著作をやめたのは、その頃からだ。彼は哲学者とよばれると、時にはおつくうさうに否定する。僕は人間しか見てゐない。宇宙を見なくなつたから、宇宙を見なければ哲学者ぢやないんだ、と呟いたこともある。そして、まア、人間観察家とでも言ふんだらう。そのほかに情熱もないんだからと言つたりしたが、近頃ではもう人間観察家とも自称しない。僕は飲み屋の亭主だと答へるのである。彼が自分とは何者かハッキリ答へるやうになつたのは全く近頃のことであり、はじめて彼はいくらか生き生きと自分は何者か、自覚した様子であつた。彼は「タヌキ屋」といふ飲み屋の亭主に相違ない。
 彼は心中をやりそこねるまでは独身だつたが、その後女房を五人かへた。そのうち二人は女の方から逃げだし、二人は彼が追ひだして、五人目は戦争中つとめてゐた軍需会社へ徴用で入つてきた女で、待合の娘であつた。結婚したとき、娘はまだ女学校を卒業したばかり…

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