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地方文化の確立について
ちほうぶんかのかくりつについて
作品ID42888
著者坂口 安吾
文字遣い新字旧仮名
底本 「坂口安吾全集 04」 筑摩書房
1998(平成10)年5月22日
初出「月刊にひがた 第一巻第三号」新潟日報社、1946(昭和21)年2月25日
入力者tatsuki
校正者宮元淳一
公開 / 更新2006-06-17 / 2014-09-18
長さの目安約 12 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 農村は淳朴であるといふことが過去の常識であつたけれども、近頃では農民ぐらゐ我利々々なものはないと云つて都会の連中は恨んでゐる。どちらが果して真実であるかといへば、之は大きな問題で、然し、先づ我々が第一に反省しなければならないことは、農村は淳朴だときめてかゝつて一向に深い考察を加へなかつた思考の不足に禍根があつたといふことである。常識とはかういふものだ。我々は常識を思考の根底とし、その上に生活を営んでゐるが、常識は決して深い洞察から生れたものではなく、長い歴史的な思考の地盤であつたといふばかりで、その思考の根底が深く正しいものであることを意味してゐない。農村は淳朴だときめてかゝつて疑ふことのなかつたのが奇怪であり、かういふところに日本国民全般に思考力が不足してをり文化の低さがあつたので、我々は先づ身辺の貧弱な、又偽瞞にみちた数々の常識に正しい考察を加へることが必要だ。
 元来日本の歴史は土の歴史で、大化改新によつて土地国有が断行せられ口分田の制度が行はれて以来、荘園の発生に伴ふ貴族や寺院の隆盛から武家の勃興、すべて土地の力によつて歴史が動いてゐる。さうして、荘園がなぜ発生したかといへば、その最も有力な一因は農民達の脱税行為によるもので、貴族や寺院の領地が国司不入であるために、名目上土地を寄進して脱税をはかる、又は荘園の小作となつて脱税をはかる、このために広大なる貴族の領地が発生するに至つたものであつた。いはゞ日本の歴史を動かしたものは土地であり、その土地は農民に握られ、しひたげられた農民達が、実は日本の歴史を動かす原動力になつてゐた。
 歴史家は土地制度の欠陥が貴族をふとらせたり武士を発生させたと言ふのであるが、見方を変へると、土地制度の欠陥を利用した農民達の狡猾さが日本を動かす原動力になつてゐたと見ることもできる。言ふまでもなく、農民達をしてかく狡猾な脱税方法を案出せしめたものは過当な課税であり国司や地頭の貪慾によるものであるが、ともかく彼等はあらゆる方法を用ひて脱税した。今日残存する奈良朝頃の戸籍簿を見ればいづれも重税の対象となる壮丁達の人口が極めて少く記載せられてをり、戸籍を誤魔化してゐるのでなければ浮浪人となつて出稼ぎし課税をまぬかれてゐる証拠なのである。重税と国司の貪慾、それをくゞる脱税法の案出、之が元来日本農村の性格であつて、淳朴などとよぶべき性質のものではなかつた。
 人を見たら泥棒と思へ、といふのが昔の農村の生活であつて、事実、群盗横行し、旅人は素性の良くないものと決めてかゝるのが賢明であつたから、旅人に宿などはかさない風である。たまたま旅人が死んだりすると、連れに死体を運ばせて村境から追ひだし、葬ることも許さなかつたといふ。彼らの信用できるのは自分達の部落だけで、公共的な観念が欠けてをり、何かと云へば「だまされた」とか「だまされるな」と先づ…

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