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外套と青空
がいとうとあおぞら
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「坂口安吾全集 04」 筑摩書房
1998(平成10)年5月22日
初出「中央公論 第六一年第七号」中央公論社、1946(昭和21)年7月1日
入力者tatsuki
校正者宮元淳一
公開 / 更新2006-06-17 / 2014-09-18
長さの目安約 30 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 二人が知り合つたのは銀座の碁席で、こんなところで碁の趣味以上の友情が始まることは稀なものだが、生方庄吉はあたり構はぬ傍若無人の率直さで落合太平に近づいてきた。庄吉は五十をすぎた立派な紳士で、高価な洋服の胸に金の鎖をのぞかせ、頭髪は手入れの届いたオールバックで、その髪の毛は半白であつたが、理智と決断力によつて調和よく刻みこまれた顔はまだ若々しく典雅で、整然たる姿に飾り気のない威厳がこもつてゐた。
 その庄吉が尾羽打枯らした三文文士の落合太平に近づくことも奇妙であつたが、近づき方がいかにも傍若無人の率直さで、異常と思はれぬこともない。初めて手合せをしただけで名刺を差出して名乗をあげて、それから後は入口で太平の姿を探して(太平は毎日のやうに来てゐたから)その横へドッカリ坐る。多忙の庄吉は稀にしか現れないが、その時間を飛びこして、何十日目に現れても昨日の続きでしかないやうに太平の横へドッカリ坐る。碁敵に事欠く場所ではないのであるから、太平はその特別の友情を一応訝るのであつたが、庄吉は太平の外の人々には目で挨拶を交すだけの友達すらも作らなかつた。一風変つた男の性格的な嗅覚であらうと、太平も率直に受入れたが、何か大きな孤独の中で特別の人間苦を見つめてゐる男であらうといふやうな想像は、後日になつて附けたしたものであらうと思はれた。
 ある日のこと二人は偶然場末の工場地帯の路上で出会つた。太平のアパートはこの工場地帯にあるのだが、庄吉は機械ブローカーで(彼自身小さな工場主でもあつたが)この土地へ機械の売込みに来たのである。二人は場末の碁席で手合せをして、夜になると酒を飲んだ。もう電車がなくなる時刻だな、とか、家へ帰れなくなるなア、などと口先では言ひながら、庄吉は落着き払つてゐて、帰れなくなることを予期してゐる様子であつた。
 翌朝太平の陋室で目覚めた庄吉は、学生時代によみがへつた若々しさで、目を細くして殺風景な部屋の隅々まで見廻して一つ一つ頭に書入れてゐるやうな様子であつたが、その様はなつかしさに溢れてゐた。今日は君が俺のうちへ遊びに来る番だぜ、と庄吉は太平をうながしてわが家へ連れて行つたが、二人のつながりの発端は以上に述べたこれだけである。一度うちへ招待したいと思つてゐたのだ、とその日も庄吉が言つてゐたが、路上で邂逅した偶然を差引いても、早晩二人のつながりは一つの宿命を辿らざるを得なかつたであらう。
 それから数日の後にキミ子(庄吉夫人)からの電話で、集りがあるからぜひ遊びに来てくれといふ。その席で講釈師の青々軒、船長の花村、機関士の間瀬、俳優の小夜太郎、工場主の富永、料亭ヒサゴ屋の主人などと近づきになつた。音楽家の舟木三郎は最も目立たない一人であつた。
 それからは二日目か三日日ごとにキミ子の電話で呼びだされる。同じ顔ぶれがたいがい顔を揃へてゐて、麻雀の者、碁を打つ者…

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