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戦争と一人の女
せんそうとひとりのおんな
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「坂口安吾全集 04」 筑摩書房
1998(平成10)年5月22日
初出「新生 臨時増刊号第一輯」1946(昭和21)年10月1日
入力者tatsuki
校正者深津辰男・美智子
公開 / 更新2009-07-11 / 2014-09-21
長さの目安約 19 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 野村は戦争中一人の女と住んでゐた。夫婦と同じ関係にあつたけれども女房ではない。なぜなら、始めからその約束で、どうせ戦争が負けに終つて全てが滅茶々々になるだらう。敗戦の滅茶々々が二人自体のつながりの姿で、家庭的な愛情などといふものは二人ながら持つてゐなかつた。
 女は小さな酒場の主人で妾であつたが、生来の淫奔で、ちよつとでも気に入ると、どの客とでも関係してゐた女であつた。この女の取柄といへば、あくせくお金を儲けようといふ魂胆のないことで、酒が入手難になり営業がむずかしくなると、アッサリ酒場をやめて、野村と同棲したのである。
 女は誰かしらと一緒になる必要があり、野村が一人ものだから、あなたと一緒にならうか、と言ふので、さうだな、どうせ戦争で滅茶々々になるだらうから、ぢや今から滅茶々々になつて戦争の滅茶々々に連絡することにしようか、と笑つて答へた。なぜなら、どうせ女は野村と同棲して後も、時々誰かと関係することを野村は信じて疑はなかつた。厭になつたら出て行くがいゝさ、始めから野村はさう言つて女を迎へたのである。
 女は遊女屋にゐたことがあるので、肉体には正規な愛情のよろこび、がなかつた。だから男にとつてはこの女との同棲は第一そこに不満足、があるのだが、貞操観念がないといふのも見方によれば新鮮なもので、家庭的な暗さがないのが野村には好もしく思はれたのだ。遊び相手であり、その遊びに最後の満足は欠けてゐても、ともかく常に遊ぶ関係にあるだけでも、ないよりましかも知れないと野村は思つた。戦争中でなければ一緒になる気持はなかつたのだ。どうせ全てが破壊される。生き残つても、奴隷にでもなるのだらうと考へてゐたので、家庭を建設するといふやうな気持はなかつた。
 女は快感がないくせに男から男と関係したがる。娼妓といふ生活からの習性もあらうが、性質が本来頭ぬけて淫奔なので、肉慾も食慾も同じやうな状態で、喉の乾きを医すやうに違つた男の肌をもとめる。身請けされて妾になるだけの容貌はあり、四肢が美しく、全身の肉づきが好もしい。だから裸体になると魅力があるのである。妙に食慾をそゝる肉体だ。だから、女がもし正規の愛情のよろこびを感じるなら、多くの男が迷つた筈だが、一人も深入りした男がない。男を迷はす最後のものが欠けてゐた。
 お客の中には相当迷つて近づく男もゐたけれども、女と交歩ができてみると、却つて熱がさめてくるのはそのせゐで、女は又執念深い交渉が嫌ひのたちだから、その方を好んでゐた。熱愛されることがなく、一応可愛がられるだけの自分の宿命を喜んでをり、気質的にも淫奔だが、アッサリしてゐた。
 小柄な、痩せてゐるやうで妙に肉づきのよい、鈍感のやうで妙に敏活な動きを見せる女の裸体の魅力はほんとに見あきない。情感をそゝりたてる水々しさが溢れてゐた。それでゐて本当のよろこびを表はさないといふのだから…

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