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恋をしに行く(「女体」につゞく)
こいをしにいく(「にょたい」につづく)
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「坂口安吾全集 04」 筑摩書房
1998(平成10)年5月22日
初出「新潮 第四四巻第一号」1947(昭和22)年1月1日
入力者tatsuki
校正者深津辰男・美智子
公開 / 更新2009-07-06 / 2014-09-21
長さの目安約 36 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 谷村は駅前まで行つて引返してきた。前もつて藤子にだけ話しておかうと思つたのである。彼は藤子の意見がきゝたかつた。彼は自信がなかつたのだ。そして藤子の口から自信へのいと口をつかみだしたいといふのである。
 谷村は信子に愛の告白に行く途中であつた。彼はかねて肉体のない恋がしたいと思つてゐた。たゞ魂だけの、そしてそのために燃え狂ひ、燃え絶ゆるやうな恋がしたいと考へてゐた。そして彼はさういふ時にいつも信子を念頭に思ひ浮べてゐたのであるが、見方をかへると、信子の存在が常に念頭にあるために、魂だけの、燃え狂ひ燃え絶ゆるやうな恋がしたいと思ひ馴らされてゐたのかも知れない。
 けれども、信子とは如何なる人かといふことになると、日頃は分つてゐたのであるが、いざとなると自信がなかつた。
 信子も岡本の弟子であつた。岡本は信子を悪党だと言ふ。先天的な妖婦で、嘘いつはりでかためた薄情冷酷もの、天性の犯罪者だと言ふのであつた。岡本と信子は恋仲だとも言はれ、ひところはずゐぶん親密さうにしてゐたものだ。そのころ信子は二十一二、岡本は四十六七で、信子は然しなるべく女友達を一緒に誘ひ、岡本と二人だけでは歩かぬやうにしてゐた。もつとも本当のあひゞきは人目をさけるものであるから、裏のことは分らない。
 信子には何十人の情夫があるのか、見当もつかないといふ噂であつた。然し、信子の情夫と名乗つた男がゐるわけではない。ともかく、何十人かの男の友達がゐる。その男達の何人かゞ相当の金をつぎこんでゐることだけは明瞭で、信子の服装は毎日変り、いづれも高価なものである。月々一万ちかい暮しむきだと言はれてゐるが、信子の給料は百円に足らないのである。
 信子は構造社といふ出版屋の企画部につとめてゐた。社長の秘書だとか、つまり二号だとかと噂もあるが、社長は六十ちかいお金持で、出版は道楽だつた。高価な画集や、趣味的な贅沢本を金にあかして作つてゐるが、なかに一つ、あまり世間に名の知れない国史家の本をすでに何冊かだしてゐた。この国史家は竹馬の友だ。町田草骨といふ人である。別に大学教授でもなく、いはゞこの人の国史も中年から始めた道楽で、古代の氏族制度などから、ちかごろでは民族学のやうなことに凝りだしてゐるのであつた。
 信子は草骨の家に寄宿してゐた。
 草骨夫妻には子供がない。変つた夫婦で、信子をお人形のやうに可愛がり、信子の寝台のカバーのために京都までキレを探しに行つたり、自分達はこはれかけた安家具で平気で生活してゐるくせに、信子の居間と客間のために北京から家具を取り寄せてやつたり、西陣へテーブルクロースを注文したり、ずゐぶん大金を投じたものだ。そのくせ、さほどのお金持ではないさうで、地方の旧家の出であるが、田畑も売りつくし、いくらかの小金があるばかり、死ねばいらない金だからと云つて、信子の部屋を飾るために大半投じたとい…

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