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模範少年に疑義あり
もはんしょうねんにぎぎあり
作品ID42916
著者坂口 安吾
文字遣い新字旧仮名
底本 「坂口安吾全集 04」 筑摩書房
1998(平成10)年5月22日
初出「青年文化 第二巻第一号」創生社、1947(昭和22)年1月1日
入力者tatsuki
校正者宮元淳一
公開 / 更新2006-07-05 / 2014-09-18
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 戦争中、私の家の両隣はそれ/″\軍需会社の寄宿舎となり、一方は田舎の十八九歳の連中五十名ぐらゐ、一方は普通のしもた家を軍需会社が買つて七八名の少年工を合宿させておく。五十名の方は青年学校の生徒でよく訓練されてをり、軍隊式の規則で朝起きてから寝るまで号令をかけてやつてゐる。警報がなると必ず全員起床して戸外で待機するといふぐあひだ。ところが七八名の方は時々酒など持ち帰つて酔つ払つて唄つたり、警報が鳴つても起きたことがなく、おまけに電燈をつけ放しておくので、必ず近所の誰かに怒鳴られる。近所の塀を叩きこはして燃料にしたり、家庭菜園の泥棒もあいつらだらうなどゝ憎まれ者の不良少年工員であつた。
 この地区は東京でも工場地帯で、焼夷弾攻撃の外に爆弾にも大いに悩まされたところだ。東京もお屋敷街は一夜に焼野原になつてそれで終りだが、我々のところは、焼ける前から爆弾に見舞はれ、焼けてからも、又くりかへして焼夷弾をバラまかれたり、爆弾をふりまかれたり、念入りの上にも念入りにやられたもので、まつたくウンザリしたものだ。
 ところが五十名の優良工員の方は一向に役にたゝなくて、隣家へ焼夷弾が落ちて火事になつてもボンヤリ眺めてゐるだけであり、その次からは、警戒警報で勢揃ひをし、空襲警報になると各自全財産を背負つて粛々と逃げだす。号令をかけて逃げだすのである。寄宿舎はガランドウだ。
 私らのところは焼野原のまんなかに三十軒ほど焼け残つてゐる。これがどうして焼け残つたかといふと、例の七八名の不良少年組の方が、猛火のまんなかに踏みとゞまつて消してくれたのだ。私らのところがやられた時は風のない日だから、命をまとに踏みとゞまる者があれば消すことができたのだが、前々の例で死ぬのが怖しいから消さずに逃げて綺麗に一望千里の焼野になつたので、私らの小地区だけ不良少年組が救つたのである。
 その後、せつかく焼け残つた私らの地区は再び二時間にわたる焼夷弾攻撃をうけて、私の前後の二軒に五十キロ焼夷弾、その他あつちでもこつちでも、総計二三百にあまる大小焼夷弾の雨がふつた。一つ消す、又一つ。それを消す、又、落ちる、二時間ブッ通したのだ。ヘト/\に疲れて、私など目が廻り、どうにとなれ、もう厭だ、と動く力もなくなつたほどだ。
 私の裏隣りには五〇キロ直撃で、いつぺんに一つの家が火の海になつたが、これを消したのは私の家に同居してゐたタカシ君といふ二十の少年工で、元来は左官職だが、江戸ッ子の職人だから徴用されても会社の規則には服しきれず不平満々、工員としては大いに不良の方だ。ところがイザとなると、まつたくたのもしいもので、燃えあがる猛火のまつたゞ中へ飛びこんで行つた。私らは外からチョボ/\水をかけるぐらゐのものだが、この少年は無我夢中まつたゞ中へとびこんで突く蹴る倒す阿修羅の如く火勢の中心をゆるめてくれたので、四五人でと…

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