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故郷
こきょう
著者
翻訳者井上 紅梅
文字遣い新字新仮名
底本 「魯迅全集」 改造社
1932(昭和7)年11月18日
入力者京都大学電子テクスト研究会入力班
校正者京都大学電子テクスト研究会校正班
公開 / 更新2004-04-01 / 2014-09-18
長さの目安約 17 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 わたしは厳寒を冒して、二千余里を隔て二十余年も別れていた故郷に帰って来た。時はもう冬の最中で故郷に近づくに従って天気は小闇くなり、身を切るような風が船室に吹き込んでびゅうびゅうと鳴る。苫の隙間から外を見ると、蒼黄いろい空の下にしめやかな荒村があちこちに横たわっていささかの活気もない。わたしはうら悲しき心の動きが抑え切れなくなった。
 おお! これこそ二十年来ときどき想い出す我が故郷ではないか。
 わたしの想い出す故郷はまるきり、こんなものではない。わたしの故郷はもっと佳いところが多いのだ。しかしその佳いところを記すには姿もなく言葉もないので、どうやらまずこんなものだとしておこう。そうしてわたし自身解釈して、故郷はもともとこんなものだと言っておく。――進歩はしないがわたしの感ずるほどうら悲しいものでもなかろう。これはただわたし自身の心境の変化だ。今度の帰省はもともと何のたのしみもないからだ。
 わたしどもが永い間身内と一緒に棲んでいた老屋がすでに公売され、家を明け渡す期限が本年一ぱいになっていたから、ぜひとも正月元日前に行かなければならない。それが今度の帰省の全部の目的であった。住み慣れた老屋と永別して、その上また住み慣れた故郷に遠く離れて、今食い繋ぎをしているよそ国に家移りするのである。
 わたしは二日目の朝早く我が家の門口に著いた。屋根瓦のうえに茎ばかりの枯草が風に向って顫えているのは、ちょうどこの老屋が主を更えなければならない原因を説明するようである。同じ屋敷内に住む本家の家族は大概もう移転したあとで、あたりはひっそりしていた。わたしが部屋の外側まで来た時、母は迎えに出て来た。八歳になる甥の宏兒も飛出して来た。
 母は非常に喜んだ。何とも言われぬ淋しさを押包みながら、お茶を入れて、話をよそ事に紛らしていた。宏兒は今度初めて逢うので遠くの方へ突立って真正面からわたしを見ていた。
 わたしどもはとうとう家移りのことを話した。
「あちらの家も借りることに極めて、家具もあらかた調えましたが、まだ少し足らないものもありますから、ここにある嵩張物を売払って向うで買うことにしましょう」
「それがいいよ。わたしもそう思ってね。荷拵えをした時、嵩張物は持運びに不便だから半分ばかり売ってみたがなかなかお銭にならないよ」
 こんな話をしたあとで母は語を継いだ。
「お前さんは久しぶりで来たんだから、本家や親類に暇乞いを済まして、それから出て行くことにしましょう」
「ええそうしましょう」
「あの閏土がね、家へ来るたんびにお前のことをきいて、ぜひ一度逢いたいと言っているんだよ」と母はにこにこして
「今度到著の日取を知らせてやったから、たぶん来るかもしれないよ」
「おお、閏土! ずいぶん昔のことですね」
 この時わたしの頭の中に一つの神さびた画面が閃き出した。深藍色の大空にかかる月…

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