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町内の二天才
ちょうないのにてんさい
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「坂口安吾全集 14」 筑摩書房
1999(平成11)年6月20日
初出「キング 第二九巻第一四号」1953(昭和28)年12月1日
入力者tatsuki
校正者noriko saito
公開 / 更新2009-05-18 / 2014-09-21
長さの目安約 27 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

     魚屋と床屋のケンカのこと

 その日は魚屋の定休日であった。金サンはうんと朝寝して、隣の床屋へ現れた。
「相変らず、はやらねえな」
 お客は一人しかいなかった。源サンはカミソリをとぎながら目玉をむいて、
「何しにきた」
「カミソリが錆びちゃア気の毒だと思ってな。ハサミの使い方を忘れました、なんてえことになると町内の恥だ。なア。毎月の例によって、本日は定休日だから、オレの頭を持ってきてやった」
「オレはヘタだよ」
「承知の上だ」
「料金が高いぜ」
「承知の上だよ。人助けのためだ」
「ちょいとばかし血がでるぜ」
「そいつはよくねえ。オレなんざア、ここ三十年、魚のウロコを剃るのにこれッぱかしも魚の肌に傷をつけたことがなかったな。カミソリなんてえものは魚屋の庖丁にくらべれば元々器用に扱うようにできてるものだ。オッ。姐チャン。お前の方が手ざわりも柔かいし、カミソリの当りも柔かくッていいや。たのむぜ」
 そこで若い娘の弟子が仕事にかかろうとすると、源サンが目の色を変えて、とめた。
「よせ! やッちゃいけねえ」
「旦那がやりますか」
「やるもんかい。ヤイ、唐変木。そのデコボコ頭はウチのカミソリに合わねえから、よそへ行ってくれ」
「オッ。乙なことを云うじゃないか。源次にしては上出来だ」
「テメエの面ア見るとヒゲの代りに鼻をそいでやりたくなッちまわア。鼻は大事だ。足もとの明るいうちに消えちまえ。今日限り隣のツキアイも断つから、そう思え」
「そいつは、よくねえ。残り物の腐った魚の始末のつけ場がなくならア」
「なア。よく、きけ。キサマの口の悪いのはかねて承知だが、云っていいことと、悪いこととあるぞ。ウチの正坊の将棋がモノにならねえと云ったな」
「オウ、云ったとも。云ったが、どうした」
 それまで落ちつき払っていた金サンが、ここに至って真ッ赤になって力みはじめたのは、曰くインネンがあるらしい。
「お前に将棋がわかるかよ」
「わかるとも。源床の鼻たれ小僧が天才だと。笑わせるな。町内の縁台将棋の野郎どもを負かしたぐらいが、何が天才だ」
「町内じゃないや。人口十万のこの市に将棋の会所といえば一軒しかねえ。十万人の中の腕の立つ人が一人のこらずここに集ってきて将棋をさすのだ。縁台将棋とモノがちがうぞ。正坊はな。この会所で五本の指に折られる一人だ」
「そこが親馬鹿てえものだ。碁将棋の天才なんてえものは、紺ガスリをきて鼻をたらしているころから、広い日本で百人の一人ぐらいに腕が立たなくちゃアいけないものだ。この市の人間はただの十万じ々ないか。十万人で五本の指。ハ。八千万じゃア、指が足りなすぎらア。八千万、割ることのオ十万、と。エエト。ソロバンはねえかな。八千万割ることのオ十万。八なアリ。マルなアリ。またマルなアリ。また、マル、マル、マル。いけねえ。エエト」
 金サンは手のヒラをだして、指…

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