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巴里の独立祭
パリのどくりつさい
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「定本 與謝野晶子全集 第二十卷 評論感想集七」 講談社
1981(昭和56)年4月10日
入力者Nana ohbe
校正者今井忠夫
公開 / 更新2004-02-05 / 2014-09-18
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 七月十三日の晩、自分は獨立祭の宵祭の街の賑はひを見て歸つて、子供の時、お祭の前の夜の嬉しかつたのと殆ど同じほどの思ひで、明日着て出る服や帽を長椅子の上に揃へて寢た。夜中に二三度雨が降つて居ないかと聞耳を立てもした。けれど、それは日本の習慣が自分にあるからで、高い處に寢て居る身には、雨が地を打つ音などは聞えやうが無い。マロニエの梢を渡る風がそれかと思はれるやうな事がままあるくらゐである。そんなに思つて居ながら、夜更かしをしたあとなので、矢張朝が起きにくい。それに、此處は四時前にすつかり空が明るくなつてしまふ。神經質の自分には、到底安眠が續けられないので、眠い思ひをしながら何時も起き上るのである。顏を洗つて髮を結つた時、女中のマリイがパンとシヨコラアを運んで來た。まだ八時前で、平生よりも一時間ほど朝の食事は早いのである。
「お祭を見に出るか」
 と良人が云ふと、
「ウイ、ウイ」
 と點頭きながら答へるマリイの目は嬉しさに輝いて居た。
「祭は午後でないと見に行つても面白くないのだよ」
 と良人に云はれた時、自分はまた子供らしい失望をしないでは居られなかつた。讀書をして居ると十時前にマリイが廻つて來た。何時もは午後四時過ぎでないと來てくれないのである。良人が市街の地圖を出して、何處が一番賑やかなのかと聞くと、プラス・ペピユブリツクだと云ふ。其處は巴里市内の東に當つて革命の記念像が立つて居る廣場である。マリイは十一時頃に晴着のロオヴを着て出掛けて行つた。自分はトランクの上の臺所で晝御飯の仕度にかかつて、有合せの野菜や鷄卵や冷肉でお菜を作つた。お祭だと云ふ特別な心持で居ながら、やはり二人ぎりで箸を取る食事は寂しかつた。一時半頃に服を更へて家を出た。
「まあペピユブリツクへ行つて見るんだね」
 と良人は云つて、ピガル廣場から地下電車に乘ることにした。人が込むだらうからと云つて一等の切符を買つたが、車は平生よりも乘客が少かつた。同室の四五人の婦人客は皆ペピユブリツクで降りた。この停車場は餘程地の上へ遠いのでエレベエタアで客を上げ下しもするのである。音樂の囃を耳にしながら何方へ行かうかと暫く良人と自分は廣場の端を迷つて居た。聞いた程の人出は未だないが、ルナパアク式の興行物の多いのに目が眩む樣である。高く低く上り下りしながら廻る自動車臺の女七分の客の中に、一人薄絹のロオヴの上に恐ろしい樣な黒の毛皮の長い襟卷をして、片手で緋の大きな花の一輪附いた廣い帽を散すまいと押へた、水際だつて美しい女が一人居た。子供客は作りものの馬や豚に乘せて回轉する興行物に多く集まつてゐる。聞けばミカレエム祭や謝肉祭のやうに人が皆假裝をして歩いたり、コンフエツチと云ふ色紙の細かく切つた物を投げ合つたりする事はこの日の祭にはないのである。自分等はそれからルウヴル行の市街電車に乘つた。初めて自分は二階の席へ…

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