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サレーダイン公爵の罪業
サレーダインこうしゃくのざいごう
作品ID43018
原題THE SINS OF PRINCE SARADINE
著者チェスタートン ギルバート・キース
翻訳者直木 三十五
文字遣い新字新仮名
底本 「世界探偵小説全集 第九卷 ブラウン奇譚」 平凡社
1930(昭和5)年3月10日
入力者京都大学電子テクスト研究会入力班
校正者京都大学電子テクスト研究会校正班
公開 / 更新2004-07-04 / 2014-09-18
長さの目安約 40 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

        一

 フランボーがウェストミンスターにある彼の探偵事務所の仕事を一月休んだ時に、彼は撓舟のように小さい、一艘の小型の帆艇に乗って旅に出た。東部諸州の小さい川を通った時、それはあまりに小さいので、ちょうど魔法船が陸の牧場や麦畑の中を帆走って行くように見えた。舟は二人乗として快適なものであった。そして必要品を置くに足るだけの場所のみで、フランボーはそこに自分の哲学から割出して必要と考えた品々を蓄えていた。それ等は四つの主要部分に分類することが出来た――食いたい時の用意として鮭の鑵詰、まさかの場合の用意として装填された何挺かの短銃、気が遠くなるようなことがないとも限らんというので一罎のブランデー酒、それからヒョコリ死なないともかぎらないというので一名の坊さん。この軽い荷物を積載して彼はノーフォーク州の小川から小川へと、最後には『広沢』地方(英国東部にて河水が湖のようにひろがりたる所)へ達するようにゆるゆると廻って行った、行く行くあるいは水郷の庭園や牧場、あるいは河水に姿をうつす館や村落の画のような景色を賞し、またあるいは池沼幽水に釣糸を垂れて、岸辺に道草をくいながらの旅であった。
 真の哲人のように、フランボーはこの旅行に決して目的を持たなかった。が、真の哲人のように、理由を持った。彼は一種の半目的を持った。それが成功すれば、旅楽に錦上花を添えるべきものとして彼はその目的を重大視してはいたが、また失敗しても旅楽を傷つけはしないだろうと考えていた。昔年、彼が犯罪界の王としてまた巴里において最も有名な人物として、彼はしばしば多くの讃辞やまたは謝辞、否恋文さえ受取った。その中に一つ、何等の理由なしに彼の記憶をとらえるものがあった。それは英吉利の消印のある封筒に名刺が一枚封のしてあるきりの簡単なものだった。名刺の裏には緑色のインキで仏文でこう書かれてあった。『もし貴下が職を退かれて堅気となる事でもあらば、某をお訪ね下されたし、某は貴下とお会ひしたき心なり、現代のあらゆる立派な人物にはもはや会ひつくしたれば貴下が探偵をまきて見当違ひの逮捕をなさしむる手際にいたりては、仏蘭西史における最も光彩ある場面ならんか」名刺の表には型の如く「公爵サレーダイン、蘆の家、蘆の島、ノーフォーク州」と印刷されていた。
 その当時彼はこの公爵のことを深く気にかけてはいなかった。公爵は南伊太利で有名な社交家だということを知る以上には。彼は若い時にある上流社会の夫ある女と駈落ちしたとの事であった。しかし、駈落ぐらいはこの社会にとってさのみ驚くべきことではなかったが、それに附随して起ったある悲劇のためにこの事件はなかなか世人の記憶から忘れられぬものとなった――侮辱をうけた夫がシシリー島の絶壁の上から身を投げて死んだと云われる自殺事件であった。公爵はその時しばらくヴィエンナに滞在してい…

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