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一利己主義者と友人との対話
いちりこしゅぎしゃとゆうじんとのたいわ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「石川啄木集(下)」 新潮文庫、新潮社
1950(昭和25)年7月15日
初出「創作 第一巻第九号」1910(明治43)年11月1日
入力者青空文庫
校正者鈴木厚司
公開 / 更新2004-09-11 / 2016-04-26
長さの目安約 12 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

B おい、おれは今度また引越しをしたぜ。
A そうか。君は来るたんび引越しの披露をして行くね。
B それは僕には引越し位の外に何もわざわざ披露するような事件が無いからだ。
A 葉書でも済むよ。
B しかし今度のは葉書では済まん。
A どうしたんだ。何日かの話の下宿の娘から縁談でも申込まれて逃げ出したのか。
B 莫迦なことを言え。女の事なんか近頃もうちっとも僕の目にうつらなくなった。女より食物だね。好きな物を食ってさえいれあ僕には不平はない。
A 殊勝な事を言う。それでは今度の下宿はうまい物を食わせるのか。
B 三度三度うまい物ばかり食わせる下宿が何処にあるもんか。
A 安下宿ばかりころがり歩いた癖に。
B 皮肉るない。今度のは下宿じゃないんだよ。僕はもう下宿生活には飽き飽きしちゃった。
A よく自分に飽きないね。
B 自分にも飽きたさ。飽きたから今度の新生活を始めたんだ。室だけ借りて置いて、飯は三度とも外へ出て食うことにしたんだよ。
A 君のやりそうなこったね。
B そうかね。僕はまた君のやりそうなこったと思っていた。
A 何故。
B 何故ってそうじゃないか。第一こんな自由な生活はないね。居処って奴は案外人間を束縛するもんだ。何処かへ出ていても、飯時になれあ直ぐ家のことを考える。あれだけでも僕みたいな者にゃ一種の重荷だよ。それよりは何処でも構わず腹の空いた時に飛び込んで、自分の好きな物を食った方が可じゃないか。(間)何でも好きなものが食えるんだからなあ。初めの間は腹のへって来るのが楽みで、一日に五回ずつ食ってやった。出掛けて行って食って来て、煙草でも喫んでるとまた直ぐ食いたくなるんだ。
A 飯の事をそう言えや眠る場所だってそうじゃないか。毎晩毎晩同じ夜具を着て寝るってのも余り有難いことじゃないね。
B それはそうさ。しかしそれは仕方がない。身体一つならどうでも可いが、机もあるし本もある。あんな荷物をどっさり持って、毎日毎日引越して歩かなくちゃならないとなったら、それこそ苦痛じゃないか。
A 飯のたんびに外に出なくちゃならないというのと同じだ。
B 飯を食いに行くには荷物はない。身体だけで済むよ。食いたいなあと思った時、ひょいと立って帽子を冠って出掛けるだけだ。財布さえ忘れなけや可い。ひと足ひと足うまい物に近づいて行くって気持は実に可いね。
A ひと足ひと足新しい眠りに近づいて行く気持はどうだね。ああ眠くなったと思った時、てくてく寝床を探しに出かけるんだ。昨夜は隣の室で女の泣くのを聞きながら眠ったっけが、今夜は何を聞いて眠るんだろうと思いながら行くんだ。初めての宿屋じゃ此方の誰だかをちっとも知らない。知った者の一人もいない家の、行燈か何かついた奥まった室に、やわらかな夜具の中に緩くり身体を延ばして安らかな眠りを待ってる気持はどうだね。
B それあ可いさ。君もな…

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