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甲州鎮撫隊
こうしゅうちんぶたい
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「新選組興亡録」 角川文庫、角川書店
2003(平成15)年10月25日
初出「講談倶楽部」1938(昭和13)年7月
入力者大久保ゆう
校正者noriko saito
公開 / 更新2004-09-07 / 2014-09-18
長さの目安約 29 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

   滝と池

「綺麗な水ですねえ」
 と、つい数日前に、この植甚の家へ住込みになった、わたりの留吉は、池の水を見ながら、親方の植甚へ云った。
「これが俺んとこの金箱さ」
 と、石に腰をかけ、煙管をくわえながら、矢張り池の水を見ていた植甚は、会心の笑いという、あの笑いかたをしたが、
「この水のために、俺んとこの植木は精がよくなるのさ」
「まるで珠でも融かしたようですねえ。明礬水といっていいか黄金水といっていいか」
「まあ黄金水だなア」
「滝も立派ですねえ。第一、幅が広いや」
「箱根の白糸滝になぞらえて作ったやつよ」
 可成り広い池の対岸に、自然石を畳んで、幅二間、高さ四間ほどの岩組とし、そこへ、幅さだけの滝を落としているのであって、滝壺からは、霧のような飛沫が立っていたが、池の水は平坦に澄返り、濃い紫陽花のような色に澱んでいた。留吉は、詮索好きらしい眼付で、滝を見たが、
「でもねえ、親方、この庭の作りからすれば、あの滝、少し幅が広過ぎやアしませんかね」
「無駄事云うな」
 と、植甚は、厭な顔をし、
「俺、ほんとは、手前の眼付、気に入らねえんだぜ」
「何故ね」
「女も欲しけりゃア金も欲しいっていうような眼付していやがるからよ」
「ほいほい。……あたりやした。……だがねえ親方、こんなご時世に、金なんか持っていたって仕方ありませんね」
「何故よ」
「脱走武士なんかがやって来て、軍用金だといって、引攫って行ってしまうじゃアありませんか。……親方ア金持だというからそこんところを余程うまくやらねえと。……」
「うるせえ。仕事に精出しな」

 劇しく詈合う声が聞え、太刀音が聞え、続いて女の悲鳴が聞えたのは、この日の夜であった。
 沖田総司は、枕元の刀を掴み、夜具を刎退け、病で衰弱しきっている体を立上らせ、縁へ出、雨戸を窃と開けて見た。とりこにしてある沢山の植木――朴や楓が、林のように茂っている庭の向うが、往来になっていて、そこで、数人の者が斬合っていた。あッという間に一人が斬仆され、斬った身長の高い、肩幅の広い男が、次の瞬間に、右手の方へ逃げ、それを追って数人の者が、走るのが見えた。静かになった。
「浪人どもの斬合いだな」
 と総司は呟き、雨戸を閉じようとした。すると足下から
「もしえ」
 という女の声が聞えて来た。さすがに驚いて、総司は足下を見た。縁に寄添い、一人の女が、うずくまっていた。
「誰だ」
「は、はい、通りがかりの者でございますが……不意の斬合で……ここへ逃込みましたが……お願いでございます……どうぞ暫くお隠匿……」
「うむ。……しかし、もう斬合いは終えたらしいが……」
「いえ……まだ彼方で……恐ろしくて恐ろしくて……」
「そうか。……では……」
 と云って、総司は体を開くようにした。
 二人は部屋へ這入った。夜具が敷かれてあり、枕元に、粉薬だの煎薬などが置い…

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