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塵埃と光
じんあいとひかり
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「寺田寅彦全集 第六巻」 岩波書店
1997(平成9)年5月6日
初出「科学知識」1922(大正11)年5月1日
入力者Nana ohbe
校正者松永正敏
公開 / 更新2006-11-28 / 2014-09-18
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 昔ギリシアの哲学者ルクレチウスは窓からさしこむ日光の中に踊る塵埃を見て、分子説の元祖になったと伝えられている。このような微塵は通例有機質の繊維や鉱物質の土砂の破片から成り立っている。比重は無論空気に比べて著しく大きいが、その体積に対して面積が割合に大きいために、空気の摩擦の力が重力の大部分を消却し、その上到るところに渦のような気流があるために永く空中に浮游しうるのである。その外に煙突の煙からは煤に混じて金属の微粒も出る、火山の噴出物もまた色々の塵を供給する。その上に地球以外から飛来する隕石の粉のようなものが、いわゆる宇宙塵として浮游している。
 このような塵に太陽から来る光波が当れば、波のエネルギーの一部は直線的の進行を遮られて、横の方に散らされる。丁度池の面に起った波の環が杭のようなものにあたったとき、そこから第二次の波が起ると同じ訳である。それがために、塵は光の進行を妨げると同時にそれを他の方面に分配する役目をする。塵を含んだ空気を隔てて遠方の景色を見る時に、遠いものほどその物から来る光が減少して、その代りに途中の塵から散らされて来る空の光の割合が多くなるから、目的物がぼんやりする訳である。
 池の面の波紋でも実験されるように、波の長さが障碍物の大きさに対して割合に小さいほど、横に散らされる波のエネルギーの割合が増す。従って白色光を組成する各種の波のうちでも青や紫の波が赤や黄の波よりも多く散らされる。それで塵の層を通過して来た白光には、青紫色が欠乏して赤味を帯び、その代りに投射光の進む方向と直角に近い方向には、青味がかった色の光が勝つ道理である。遠山の碧い色や夕陽の色も、一部はこれで説明される。煙草の煙を暗い背景にあてて見た時に、青味を帯びて見えるのも同様な理由によると考えられる。
 このように、光の色を遮り分ける作用は、塵の粒が光の波の長さに対して、あまり大きくなればもう感じられなくなる。それで、遠景の碧味がかった色を生ずるような塵はよほど小さなもので、普通の意味の顕微鏡的な塵よりも一層微細なものではないかと疑いが起る。
 普通の顕微鏡では見えないほどの細かい塵の存在を確かめ、その数を算定するために、アイケンという人が発明した器械がある。その容器の中の空気に、充分湿気を含ませておいてこれを急激に膨張させると、空気は膨張のために冷却し含んでいた水蒸気を持ち切れなくなるために、霧のような細かい水滴が出来る。この水滴が出来るためには、必ず何かその凝縮する時に取りつく核のようなものが必要であって、これがなければ温度が下がっても凝縮は起らない。従ってこの際出来る水滴の数を顕微鏡で数えれば、そのような凝縮核の数が分る勘定である。この器械で研究してみると、通俗な意味で塵と称するものでなくても、凝縮の中核となるものは色々ある。特に荷電されたガスのイオンのようなもので…

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