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巴里のキャフェ
パリのキャフェ
作品ID43086
著者岡本 かの子
文字遣い新字新仮名
底本 「世界紀行文学全集 第二巻 フランス編Ⅱ」 修道社
1959(昭和34)年2月20日
入力者門田裕志
校正者田中敬三
公開 / 更新2006-04-30 / 2014-09-18
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

    旅人のカクテール

 旅人は先ず大通のオペラの角のキャフェ・ド・ラ・ペーイで巴里の椅子の腰の落付き加減を試みる。歩道へ半分ほどもテーブルを並べ出して、角隅を硝子屏風で囲ってあるテラスのまん中に置いた円い暖炉が背中にだけ熱い。
 眉毛と髪の毛がまっ白な北欧の女。頬骨が東洋風に出張っていてそれで西洋人の近東の男。坊主刈りでチョッキを着ないドイツ人。鼻の尖った中年のイギリス紳士。虎の毛皮の外套を着て、ロイド眼鏡をかけた女があったらアメリカ娘と見てよろしい――彼女はタキシードを着たパリジャンの美青年給仕を眼で追いながら、ふかりふかり煙草を吸っている。オカッパにウエーヴをかけない支那女学生が三四人、巧いフランス語で話し合っている。
 並んだ顔を一わたり見渡して、成程、ヴァン・ドンゲンがいったカクテール時代という言葉を肯定する。
 孔雀のように派手なシアーレが展げてある向う側の女物屋のショーウィンドウの前へ横町からシルクハットを冠ったニグロの青年と、絹糸のようにデリケートな巴里の女が腕をからんで現われた。

    仲好三人

 お多福さんとタチヤナ姫と、ただの女と――そう! どう思い返してもこう呼ぶのがいい――が流行の波斯縁の揃いの服で、日覆けの深いキャフェの奥に席を取った。遊び女だ。連れて来た袖猿に栗をあてがって置いて、彼女等はお互いの着物の皺に出来た大小の笑窪を評し合っている。彼女等は誰かここで昼飯交際の旦那が見つかれば好し、もし見つからなければ仲好三人で今日一日遊んでしまおうという話がまとまった。一人が他の一人に、うっかり商売気を出して仲間にまで色眼はお使いでないよと頬を打つ。きゃっきゃと笑う。
 斜向うのイギリス銀行、ロイド・ナショナル・プロヴィンシアル・バンクの支店から出て来た髭の生えたプラスフォアのイギリス人が日当りの好さそうな卓を選んで席を取った。彼は女達には知らん顔で律儀に焼パンと紅茶を誂えた。
 女達も彼には一向無頓着で、きゃっきゃっと笑い続けている。

    ロンポアンから

 ゆらゆらと風船でも飛ばしたい麗かさだ。みんながそう思う。期せずしてみんなが空を振り仰ぐ。そこにちゃんと一つ風船が浮いている。腹に字が書いてある。「春の香水、ヴィオレット・ド・バルム」気が利き過ぎて却って張り合いがない。
 町並のシャンゼリゼーが並木のシャンゼリゼーへ一息つくところに道の落合いがある。丸点。ささやかな噴水を斜に眺めてキャフェ丸点がある。桃色の練菓子に緑の刻みを入れたような一掴みの建物だ。
 春は陰影で煮〆たようなキャフェ・マキシムでもなかろう。堅苦しいフウケでもなかろう。アメリカの石鹸臭いアンパはなおさらのことだ。ギャルソンの客あしらいに多少の薄情さはあっても、それがいつも芝居の舞台のように陽気に客を吹き流して行くロン・ポアンの店が、妙に春に似合う。…

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