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栗の花
くりのはな
作品ID43090
著者岡本 綺堂
文字遣い新字新仮名
底本 「世界紀行文学全集 第三巻 イギリス編」 修道社
1959(昭和34)年7月20日
初出「木太刀」1919(大正8)年12月
入力者門田裕志
校正者小林繁雄
公開 / 更新2006-08-09 / 2014-09-18
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 栗の花、柿の花、日本でも初夏の景物にはかぞえられていますが、俳味に乏しい我々は、栗も柿もすべて秋の梢にのみ眼をつけて、夏のさびしい花にはあまり多くの注意を払っていませんでした。秋の木の実を見るまでは、それらは殆ど雑木に等しいもののように見なしていましたが、その軽蔑の眼は欧州大陸へ渡ってから余ほど変って来ました。この頃の私は決して栗の木を軽蔑しようとは思いません。必ず立止まって、その梢をしばらく瞰あげるようになりました。
 一口に栗と云っても、ここらの国々に多い栗の木は、普通にホース・チェストナットと呼ばれてその実を食うことは出来ないと云います。日本でいうどんぐりのたぐいであるらしく思われる。併しその木には実に見事な大きいのが沢山あって、花は白と薄紅との二種あります。倫敦市中にも無論に多く見られるのですが、わたしが先ず軽蔑の眼を拭わせられたのは、キウ・ガーデンをたずねた時でした。
 五月中旬から倫敦も急に夏らしくなって、日曜日の新聞を見ると、ピカデリー・サアカスにゆらめく青いパラソルの影、チャーリング・クロスに光る白い麦藁帽の色、ロンドンももう夏のシーズンに入ったと云うような記事がみえました。その朝に高田商会のT君がわざわざ誘いに来てくれて、きょうはキウ・ガーデンへ案内してやろうと云う。早速に支度をして、ベーカーストリートの停車場から運ばれてゆくと、ガーデンの門前にゆき着いて、先ずわたしの眼をひいたのは、彼のホース・チェストナットの並木でした。日本の栗の木のいたずらにひょろひょろしているのとは違って、こんもりと生い茂った木振と云い、葉の色といい、それが五月の明るい日の光にかがやいて、真昼の風に揺らめいているのは、いかにも絵にでもありそうな姿で、私はしばらく立停まってうっかりと眺めていました。
 その日は帰りにハンプトン・コートへも案内されました。コートに接続して、ブッシー・パークと云うのがあります。この公園で更に驚かされたのは、何百年を経たかと思われるような栗の大木が大きな輪を作って列んでいることでした。見れば見るほど立派なもので、私はその青い下蔭に小さくたたずんで、再びうっかりと眺めていました。ハンプトン・コートには楡の立派な木もありますが、到底この栗の林には及びませんでした。
 あくる日、近所の理髪店へ行って、きのうはキウ・ガーデンからハンプトン・コートを廻って来たという話をすると、亭主はあの立派なチェストナットを見て来たかと云いました。ここらでもその栗の木は名物になっているとみえます。その以来、わたしも栗の木に少からぬ注意を払うようになって、公園へ行っても、路ばたを歩いても、色々の木立のなかで先ず栗の木に眼をつけるようになりました。
 それから一週間ほどたって、私は例のストラッドフォード・オン・アヴォンに沙翁の故郷をたずねることになりました。そうして、…

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