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闘牛
とうぎゅう
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「世界紀行文学全集 第四巻 イギリス、スペイン、ポルトガル編」 修道社
1959(昭和34)年11月20日
入力者門田裕志
校正者松永正敏
公開 / 更新2007-09-14 / 2014-09-21
長さの目安約 17 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

    一

 エスパーニャに来て闘牛を見ないで帰るのは心残りのような気がしていた。しかし見るまでは、生き物を殺すのを見て楽しむということがひどく残酷に考えられ、それに対する反感もあって、見なくともよいというような心持もあった。その反感は、私よりも弥生子の方が強く、彼女は闘牛を見たいという好奇心は全然持ってないようだった。私の方はそうではなく、見たくもあるがいやな気がしはしないかという不安で躊躇していた。
 ところが、偶然は私たちにそれを見させる機会を与えた。或る朝、私はサン・セバスティアンのヴィラ「ラ・クンブレ」の日陰の涼しいヴェランダで、デッキ・チェアに足を踏み伸ばして、読めもしない西班牙語の新聞の見出しを拾っていた。ドイツがポーランドに侵入してからは、いつどんな事が起るかわからないような気がして、どこへ行っても新聞とラディオの報道を気にする習慣になっていた。それを見ていると CORRIDAS DE TOROS という標題が目に留まった。それが闘牛のことだということぐらいは知っていた。土曜日(八月二十日)からサン・セバスティアンで始まる。仕止役はオルテガとベルモンテ、云々。まだいろいろ書いてあったけれども細かいことはわからなかった。
 食卓でその話が出ると、主人の矢野公使はエスパーニャの事なら何でも知っていて、オルテガというのは老ベルモンテと並んで当代一流の闘牛士であるが、老ベルモンテは此の間イタリアからチアノ伯が訪問した時、老躯を提げて唯一人で猛牛に立ち向い、すべての役を一人で演じて仕止めた。今度サン・セバスティアンに来るベルモンテはその息子で、若くて色男で人気者だ、ということだった。闘牛士はエスパーニャでは一種の国民的偶像であり、その人気と収入は大したもので(イバーニェスに拠ると、年収二十万ペセタから、三十万ペセタに上るそうだ)、へたな国務長官などの及ぶ所ではなく、演技は冬を除いて一年中行われ、本来セヴィーヤが本場で、其処で復活祭の季節に始まり、十一月まで各地を巡業して歩く。どこの都市でも闘牛場を持たない所はなく、男も女も争って見に行き、貧乏人は着物を質に置いても見に行くということである。折よくサン・セバスティアンに来たのは、サン・セバスティアンは北の海岸の避暑地で、其処では夏の季節が選ばれるからであった。
 話の結論として、矢野氏は初日の午後私たちを案内してくれることになった。午後四時半に始まり、牛を次々に六頭殺して夕方に終るのがきまりで、牛はいずれも一定の牧場で訓練された四歳から六歳までの猛牛である。危険はしばしば起るが、牛は必ず仕止められることになっている。危険は人にも起るが、馬にはより多く起り、以前は槍役を乗せた馬は牛の角で横腹を突かれて死ぬのが多かったけれども、一九二八年以来馬には防護衣を着せることになったので、見物人は血みどろの腹綿の飛び…

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