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吹雪のユンクフラウ
ふぶきのユンクフラウ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「世界紀行文学全集 第六巻 イタリア、スイス編」 修道社
1959(昭和34)年10月20日
入力者門田裕志
校正者松永正敏
公開 / 更新2007-09-14 / 2014-09-21
長さの目安約 22 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

    一

 アルプス連峰の容姿の目ざめるような美しさにいきなり打たれたのは、ベルンに着いてベルヴュー・パラース(ホテル)の二階の部屋に通された瞬間だった。南東を受けた大きな窓一ぱいに遠く雪を戴いた山々が一列に並んで、時刻はもう十九時(午後七時)を過ぎているのに日中の光のまだ残ってる碧空に、くっきりと鮮やかな空劃線を描き出してる美しさ! 尖峰の数は目分量で三十から四十もあろうか? 鋭くとんがったり、おんもりと円味を見せたり、そぎ落されたようなのや、曲りくねったのや、威儀を正したものもあり、無造作に坐ったのもあり、孤立したもの、寄り集まったもの、思い思い勝手な方向を向いて、実際は比較的近いのも比較的遠いのもあるらしいが、距離のために一列になって見え、全体として、いかにも清らかに鮮やかに花やかに、且つ、消えたばかりの夕映の名残を浴びて皺襞の陰影が甚だ繊細な微妙なものでさえあった。私は今までこれほど豪華な山嶽の駢列を見たことがなかった。オリュンプスの神々女神たちの行列を作ってるところを思いもかけずかいま見たような驚きと喜びだった。
 それに私の立ってるところと連峰の間には、殆んど地上で想像される限りの美しい通観があった。赤味の勝った絨毯と壁紙で飾られた部屋のすぐ下には碧玉を溶かしたようなアーレの流れがあり、対岸はよく整頓された並木に縁どられて、色さまざまの家屋の列が幅狭くつづき、その先は深い樹林の帯で、もう春の新鮮な衣装をまとった丘が背景をなして、そこから連峰までの間にはあまり高くない無数の山々がまだ冬の姿のままで起伏し、一番先に白皚々のすばらしい屏風が青空を仕切ってるのだから、それ等を通観した大きな画の前に、全く、しばらくはただ茫然と見とれてるだけで、ほかになんにも考える余裕はなかった。
 その景観にやや目慣れてから、まず思い浮かんだことは、一体これはアルプスの多くの山系の中でどれに属する部分だろうかということだった。しかし、すぐ気がついて見ると、ベルンに来てるのだから、そうして、ベルンから南東を展望してるのだから、いうまでもなくこれは「ベルンのアルプス」と呼ばれる中央山系でなければならない。そうだとすると、ユンクフラウ(乙女)があの連峰の中に交ってる筈だ。私たちがこれから訪ねて行って、明後日はそれに登ろうと計画してるユンクフラウが。
 こんなに早くユンクフラウに出逢おうとは思わなかった。つい一二時間前私たちはドイツを旅行していた。そうして、国境を越えて今スウィスに入ったばかりだった。入って見ると、ユンクフラウが待っていたのだ。少年の頃からいかにしばしばそれについて読んだことか、聞いたことか! その親愛なユンクフラウが待っていたのだ。
 私は少年のようにあせって連峰の中から早くそれを選み出したかった。丁度ボイが入って来たので、尋ねると、彼は連峰のまん中あたりに…

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