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近松半二の死
ちかまつはんじのし
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「日本現代文學全集34 岡本綺堂・小山内薫・眞山青果集」 講談社
1968(昭和43)年6月19日
初出「文藝春秋」1928(昭和3)年10月
入力者土屋隆
校正者小林繁雄
公開 / 更新2006-08-09 / 2014-09-18
長さの目安約 23 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 登場人物

近松半二
竹本染太夫
鶴澤吉治
竹本座の手代 庄吉
祇園町の娘 お作
女中 おきよ
醫者
供の男

天明三年、二月下旬の午後。
京の山科、近松半二の家。さのみ廣からねど、風雅なる家の作りにて、上の方に床の間、それに近松門左衞門の畫像の一軸をかけてあり。つゞいて違ひ棚、上には古き雛人形をかざり、下には淨瑠璃本その他を乘せてあり。下のかたには出入りの襖あり。中央のよきところに半二の病床のある心にて、屏風を立てまはしてあり。上のかたは廻り縁にてあとへ下げて障子をしめたる小座敷あり。庭の上のかたは一面の竹藪。縁に近きところに木ぶりの好き櫻ありて、花は疎らに咲きかゝりゐる。下のかたには出入り口の低き枝折戸あり。枝折戸の外は、上の方より下の方へかけて小さき流れありて、一二枚の板をわたし、芽出し柳の立木あり。薄く水の音。鶯の聲きこゆ。
(下の方よりは板橋をわたりて、醫者が供の男を連れて出づ。)
供の男 (枝折戸の外にて呼ぶ)頼まう。
おきよ はい、はい。
(奧の襖をあけて、女中おきよ出で、すぐに庭に降りて枝折戸をあけ、醫者を見て會釋する。)
醫者 御病人はどうだな。
おきよ けふもやはり机に向つてゐられます。
醫者 けふも机に……。(顏をしかめる)扨て/\不養生なお人だ。兎もかくもお見舞申さう。(内に入る)
おきよ (屏風の外にて)お醫者樣がおいでなされました。
(半二はだまつてゐる。)
おきよ もし、お醫者樣のお見舞でござります。
半二 (うるささうに)今はすこし忙がしいところだ。又お出で下さいと云つてくれ。
醫者 はゝ、相變らず我儘な病人だ。(おきよに)まあ、屏風をあけなさい。
(おきよは屏風をあけると、近松半二、五十九歳、寢床の上に坐りて机にむかひ、病中ながら淨瑠璃をかきつゞけてゐる。)
醫者 あいにくお天氣はすこし曇つたが、陽氣は大分春めいて來ましたな。
半二 (よんどころなく筆を措く)二月ももう末になりましたから一日増しに春めいて來るやうです。
(おきよは奧に入る。)
醫者 今年はいつもよりも餘寒が長かつたから、急に又、暖かになるかも知れません。(云ひながら半二の顏を見る)そこで、どうです。ちつとは良いやうですな。
半二 (笑ふ)良いか惡いか自分にも判りませんが、なにしろ書きかけてゐる物が氣になるので、けふも朝から起きてゐました。
醫者 それがどうも宜しくない。この間からもたび/\云ふ通りここ十日か半月が大事の所だから、なるべく無理をしないで下さい。去年の秋頃からお前さんのからだは餘ほど弱つてゐるところへ、今年の餘寒が身に堪へたのだから、だん/\に時候が好くなつて、花でも咲くやうになれば、自然に癒る。(笑ひながら)それまではまあ醫者の云ふことを肯いて、おとなしく寢てゐて下さらなければ困るな。
半二 おとなしくしてゐれば癒りませうか。
醫者 癒る、癒…

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