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街はふるさと
まちはふるさと
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「坂口安吾全集 09」 筑摩書房
1998(平成10)年10月20日
初出「読売新聞 第二六三六七号~第二六五二〇号」1950(昭和25)年5月19日~10月18日
入力者tatsuki
校正者花田泰治郎
公開 / 更新2006-04-24 / 2014-09-18
長さの目安約 396 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

     深夜の宴


       一

「ア。記代子さん」
 熱海駅の改札口をでようとする人波にもまれながら、放二はすれちがう人々の中に記代子の姿をみとめて、小さな叫び声をのんだ。
 記代子は、彼がみとめる先に、彼に気付いていたようだ。
 けれども、視線がふれると、記代子は目を白くして、ふりむいた。そして人ごみの流れに没してしまった。
 放二は深くこだわらなかった。記代子が熱海に来ていたことに不思議はない。これから彼が訪ねようとする大庭長平を、彼女も訪ねてきたのだ。なぜなら、長平は記代子の叔父だから。
 長平の常宿は幻水荘である。彼は京都から上京のたびに、まず熱海に二三泊する。戦争中の将軍連が戦線から帰還参内するときのオキマリに似ているから、文士仲間や雑誌記者は、彼の上京を大庭将軍参内と称している。その熱海着の報告をうけとるのは放二のつとめる雑誌社だ。長平のキモイリでできた雑誌社である。放二は長平係りの記者で、上京中の日程をくみ、雑用をたすのである。
 しかし、長平の口添えで、姪の記代子が入社してからは、上京中の長平のうしろに、男女二名のカバン持ちが、影のように添うことになった。
「いま記代子が帰ったところだよ」
「ええ。駅で、お見かけしました」
「どうして一しょに来なかったの?」
「ちょッとほかへ回る用がありましたので」
 と、放二はさりげなく答えた。長平の問いかけに深い意味があろうとは思わなかったからである。長平は人のことにはセンサクしない男である。ところが、ちょッと、目が光った。
「記代子は、君が来ないうちに帰るのだと言って、いそいでいたぜ」
「ハア」
「何かあったのかい?」
 放二は口をつぐんだ。そして、考えた。思い当ることはあったが、意外でもあった。
 昨夜、社がひけて、二人は一しょに家路についた。新宿は二人が別々の方向へ岐れる地点だ。そこで下車してお茶をのんだが、記代子は放二のアパートまで送って行くと言いだした。
 放二はその場では逆らわなかったが、駅の地下道へくると、
「ぼく、あなたをお送りします。ぼくが送っていただくなんて、アベコベですから」
 放二は他意のない微笑をうかべ、記代子のプラットフォームの方へ進もうとすると、
「いいの!」
 記代子がカン高い声でさえぎった。おしとめるように立ちはだかったが、顔の血の気がひいている。ひきつッている。
「さよなら」
 と言いすてると、ふりむいて、去ってしまった。
 そんな出来事が昨夜あった。しかし、それぐらいのことで今日もまだ腹を立てているとは思われない。一しょに熱海へ来る筈だったが、三時間待っても記代子がこない。急用ができたのだろうと放二は思った。そして、熱海駅ですれちがった時にも、何か都合があるのだろうと思い、汽車の時間があるので急いで行ってしまったのだろうと、なんのコダワリもなく考えていた。…

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