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明治開化 安吾捕物
めいじかいか あんごとりもの
作品ID43214
副題12 その十一 稲妻は見たり
12 そのじゅういち いなずまはみたり
著者坂口 安吾
文字遣い新字新仮名
底本 「坂口安吾全集 10」 筑摩書房
1998(平成10)年11月20日
初出「小説新潮 第五巻第一一号」1951(昭和26)年9月1日
入力者tatsuki
校正者松永正敏
公開 / 更新2006-07-28 / 2016-03-31
長さの目安約 53 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 雷ギライという人種がある。まア人間は普通カミナリがキライのようだが、特別キライという人種があって、私の知人にもカミナリがキライで疎開このかた伊東の地に住みついてしまった人がある。伊東は年に四、五回、遠雷がかすかにカミナリのマネをしてみせる程度で、片道三時間の通勤は不便だが、ヘソをぬかれる心配のない平和に替えられないと彼は云っている。
 なるほど東京はカミナリの多いところだ、私は矢口の渡しに住んでいたころ、処によると物凄いカミナリになやまされたものだ。矢口のカミナリは武蔵新田の新田神社へ落ちる、とあの辺の人々は信じている。人々は新田の神様の悲しくて荒々しい最期にむすびつけての意味を含ませて云うのかも知れぬが、事実あの杜へはよく落ちる。戦争で新田神社の杜が吹きとばされて消滅したから、カミナリも戸惑ってるだろう。矢口のカミナリは主として大山の方角に発生した雷雲が横浜経由でのりこんでくるのである。一ツの地域へ五六年もすめば、それぐらいのことは分るようになる。
 ところが伊東の地へ住みついた雷ギライの先生にはおどろいたが、雷ギライというものは、こんなに猛烈なものでしょうか。彼は東京のカミナリ地図というものを自分でこしらえて所持している。東京を襲う雷雲はどこどこに発生するか。雷雲は各自その進路が一定しているそうで、彼は東京のあらゆるカミナリの進路をしらべあげて、時として進路の変化がある場合はもちろんのこと、どこへ落ちたか、約二十年間にわたって東京のカミナリのあばれた跡が一目で分るようになっている。かりに二十年間に同一地点に発生する雷雲が五百回あったとして、三百回以上同一進路に当った地区は赤色、百回以上がダイダイ色、五十回以上が黄色、十回以上が薄ミドリというように色分けになっていて、この地図を見ると、他の雷雲に二重、三重に見舞われる地域もあるし、まれにどのカミナリの進路にもかからない小さな谷間のようなのもあって、これをカミナリ相手の隠れ里というのであろうか。
 このように完備した地図がどうして出来上るかというと、各地域に雷ギライの主のようなのが必ず住んでいるものだそうで、雷のなるたびに半分気を失いながらも必死に手帳とエンピツを握って進路を記録し、また翌日は落雷の地点をたしかめ、各地域の主と主とで記録を交換しあう。主から主へとレンラクはたちまちつくものだそうで、一致団結してカミナリ相手にどういう陰謀をたくらむというワケではなく、特に主同士で私交を深めることもないが、ただカミナリの進路をたしかめて各自の記録を交換しあうという一事に対してのみは神代説話的な執念と共鳴があるもののようだ。彼らがお金持ちの場合は、隠れ里の旅館をつきとめておいて、カミナリの気配がピンとくると取る物もとりあえず電車にのったり円タクをひろってその旅館へとびこむ。すると、よその土地の主も五六人相前後してア…

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