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大菩薩峠
だいぼさつとうげ
作品ID4322
副題31 勿来の巻
31 なこそのまき
著者中里 介山
文字遣い新字新仮名
底本 「大菩薩峠13」 ちくま文庫、筑摩書房
1996(平成8)年6月24日
入力者tatsuki
校正者原田頌子
公開 / 更新2004-04-16 / 2014-09-18
長さの目安約 303 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

         一

 駒井甚三郎は清澄の茂太郎の天才を、科学的に導いてやろうとの意図は持っていませんけれど、その教育法は、おのずからそうなって行くのです。
 駒井は研究の傍ら、茂太郎を引きつけて置いて、これに数の観念を与えようとします。
 天文を見る時は、暗記的に、星座や緯度を教え、航海術に及ぶ時は、星を標準としての方位を教え込もうとするのを常とします。
 茂太郎は教えられたところをよく覚えることは覚えますけれども、駒井の期するところのように、その頭が、数と、理で練りきれないのは、不思議と思うばかりでした。
 たとえば、星座を数える方便として、支那の二十八宿だの、西洋のオリオンだの、アンドロメダスだのというのを、形状と、歴史を以て指し示すと、その位置よりは、伝説としての空想の方に、頭を取られてしまいます。
 駒井に教え込まれて、茂太郎の星を見る想像力が、グッと別なものになりました。
 彼はすでに、古人によって定められた星座の形に満足しないで、なおなおさまざまのものを見るようです。星と星との距離と、連絡をたどって、古人が定めた以外の、さまざまの現象を描いてみることを覚えました。
 そうして、科学的に教えられた星座のほかに、自分の頭で、それぞれの星座を組み立て、それに命名をまで試みているようです。
 その命名も、たとえば、拍子木座と言い、団扇座と言い、人形座と言い、大福帳と言い、両国橋と言い――そうして、毎夜毎夜、その独特の頭を以て、星座を眺めては、即興的に出鱈目の歌をうたうことは少しも改まりませんから、駒井が呆れてしまいました。
 せっかくこの即興的の出鱈目を、科学的に矯正してやろうとしているあとから、教えられた知識を土台にして、また空想の翼を伸ばすのだからやりきれません。
 しまいには、ただ、自分が天体を観察している時、望遠鏡にさわることを恐れて、近くで足踏みをすることだけを禁じて、出鱈目の歌には干渉をやめました。
 今や、茂太郎は、星を一層深く見ることを覚え、そうして眺めた星の一つ一つを点画として、自分としての空想を描き出すことで、毎夜の尽くることなき楽しみを覚えました。
 つまり、今まで、禽獣虫魚を友としていたと同じ心で、日月星辰を友とする気になってしまいました。おのおのの星が、これでみんな異った色と光を持ち、異った大きさと距離をもって、おのおの個性的にかがやきつつ、それをながめている自分を招いていることを見ると、嬉しくてたまりません。
 彼は星を見るのでなく、星と遊ぶ心です。
 従って、星の中の一つ、月というものを見る見方も全く変りました。今までは、月というものは、星の中の最も大きなものと見ていたのが、今は、星の中の、いちばん近いものだと見るようになりました。
 手をさし延べれば届くのが、あの月だ。星の中で、いちばん近いから、いちばん大きく見えるの…

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