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議会の印象
ぎかいのいんしょう
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「寺田寅彦全集 第七巻」 岩波書店
1997(平成9)年6月5日
初出1924(大正13)年
入力者Nana ohbe
校正者noriko saito
公開 / 更新2004-12-17 / 2014-09-18
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 去年の十月だったか、十一月だったか、それさえどうしても思い出せない程にぼんやりした薄暗がりの記憶の中から、やっと手捜りに拾い出した、きれぎれの印象を書くのであるから、これを事実と云えば、ある意味では、やはり一種の事実であるが、またある意味では、いつか見た事のある悪夢の記録と同じ種類のものであって、決して厳密な意味の事実ではない。
 ある朝の事である。起きた時から何となく頭の工合がよくなくって、軽い一種の不満のようなものの塊が、からだの中のどこかに潜んでいるような心持であった。後になって考えてみると、これは、全くその日の天気のせいであったらしい。
 そこへ、NT君が訪ねて来た。議会の傍聴に連れて行ってやろうというのである。自動車をそこに待たしてあるという。
 あまり自慢にならない事であるが、自分はまだこの年までつい一度も帝国議会というものを見た事がなかった。別に見たくないという格段の理由がある訳でもなんでもないが、またわざわざ手数をして見に行きたいと思う程の特別な衝動に接する機会もなかったために、――云わば、あまり興味のない親類に無沙汰をすると同様な経過で、ついつい今まで折々は出逢いもした機会を、大して惜しいとも思わずに取外して来たのである。それが、どうした拍子であったか、とにかくN君とのある日の会話の経過で、いつか一度議会傍聴に案内してもらうという約束が出来上がってしまった、その約束がいよいよ履行される日が思ったよりも実はあまりに早く来たのであった。
 実は、どうもあまり気がすすまなかったのであるが、せっかくわざわざ傍聴券を手に入れて、そうして遥々迎えにまで来てくれたのだから、勉強してともかくも出掛ける事にした。
 雨上がりの、それはひどい震災後の道路を、自動車で残酷に揺られて行くうちに、朝から身体のどこかに隠れていた、名状の出来ないものの塊が、だんだんにからだ中に拡がって来るようであった。その日は実際、荒れ果てた東京の街の上に、一面に灰色の霧のようなものが、重く蔽いかぶさったような天気であった。
 自動車が玄関のような処へついて、そこからN君の後へついて上がって行こうとすると、玄関にいる人達が、そこからはいけないからあちらへ廻れという。それで停車場の改札口のような処を通り抜けて、恐ろしく長い廊下のような処に出た。それからその廊下の横の一室へ案内されて、そこで外套と帽子を置いた。室には、人はたった一人居たきりであるが、壁には数え切れないほど沢山の外套と帽子が掛け列ねてあった。その帽子外套の列が、どういうものか自分にはよほど遠い世界の帽子外套の列であるような気がして、軽い圧迫を感じさせられた。
 廊下から階段へ上がろうとすると、そこに立っていた制服着用の役人が、私の胸の辺を指さして、何か云うようである。何かしら自分が非難されている事は分った。しかしN君が一言…

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