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マルコポロから
マルコポロから
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「寺田寅彦全集 第七巻」 岩波書店
1997(平成9)年6月5日
初出「解放」1922(大正11)年4月
入力者Nana ohbe
校正者noriko saito
公開 / 更新2004-12-16 / 2014-09-18
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 マルコポロの名は二十年前に中学校の歴史で教わって以来の馴染ではあったが、その名高い「紀行」を自分で読んだのはつい近頃の事である。読んでみるとやはり面白い。尤も書いてある記事のあまり当てにならないという証拠は自分の狭い知識の範囲内からでも容易に列挙されるくらいであるが、事実という事は別問題として、単に昔の人の頭に描かれた観念として見るだけでも色々の意味で面白い事が沢山にある。
 始めのうちはただ読みっ放しにしていたが、あまり面白いから途中からは時々手帳へ覚え書きに書き止めておいた。その備忘録の中から少しばかりの閑談の種を拾い出してここに紹介してみようと思う。以下に挙げてある頁数は、エヴェリーマンス・ライブラリーの中のこの書物の頁数である。

         一

 二四八頁にこんな話がある。
 カラザンという土地には奇妙な風習があった。異郷から来た旅人が宿泊した時に、その人が風采も立派で勇気があって優れた人物だと思うと、夜中に不意を襲って暗殺してしまう。暗殺の目的は金や持物ではなくて、その旅人の有っている技能や智慧や勇気が魂魄と一緒に永久にその家に止まって、そのおかげでその家が栄えるようにという希望からだという事である。
 これはずいぶん思い切って虫の好過ぎる話である。
 しかしよく考えてみると今の世でも多少これに似た事実がないでもない。例えば有為の青年を金や権勢や義理合やでとって抑えて本人のあまり気のすすまぬ金持の養子にしたり、あるいはあまり適当でない地位に縛り付けたりする事があるとすれば、これはいくらかカラザン人の遣り口に共通なところがありはしまいか。
 この悪習は忽必烈が厳禁してやっと止まったとある。
 この地方の人は始終毒を携帯して歩いている。もし何か自分の悪事が見付かって罰せられそうになると、大急ぎでその毒を仰いで自決をしようとする。これは存外見上げたものだと思われる。ところが困った事にはそういう罪人をつかまえる為政者の方でもちゃんとそれを承知しているから、あらかじめ犬の糞を用意しておいて、すぐにそれを食わせ、そうしてすっかり毒を吐き出させてしまう。これではせっかくの毒も何の役にも立たなくて、結局犬の糞を食わされるだけが余計な事になる訳である。それにもかかわらずこのような事が繰り返されていたとすれば、犬の糞の効力の及ばない場合が相当に多かったかもしれない。
 これと同じ章に足を有った蛇の記載が出ている。多分鰐の事だろうが、その説明がかなり面白いものである。

         二

 二四八頁にはカルダンダンという地方の風俗が述べてある。その中に、この地方の人は男女ともに黄金の薄い板を歯にかぶせて飾りにするとある。
 この金の板の着せ方がよく分らないのであるが、とにかく現代の吾等の同胞の中にも健全な歯に黄金の板をかぶせて装飾としている人がかなり多…

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