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45回転の夏
よんじゅうごかいてんのなつ
作品ID4326
副題第2章 メリーゴーラウンド、1967年
だいにしょう メリーゴーラウンド、せんきゅうひゃくろくじゅうななねん
著者鶴岡 雄二
文字遣い新字新仮名
底本 「45回転の夏」 新潮社
1994(平成6)年7月20日
初出「45回転の夏」新潮社、1994(平成6)年7月20日
入力者鶴岡雄二
校正者Y.N.
公開 / 更新2001-12-12 / 2019-08-28
長さの目安約 173 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

18

そして、きょう
ぼくは彼女を見たんだ
ヤンガー・ガール
ラヴィン・スプーンフル
[#改段]
「じぶんで集合かけた奴が、なんだって、遅刻するんだよ」
 ヴィデオコーダーを運んだのは、三〇分もまえのことなのに、まだ手のふるえがおさまらないのに腹を立て、慶一は口をとがらせながらワラにいった。
「知りませんよ」
 一〇三のヴェランダにおいたモニターの垂直同期を調整しながら、そうこたえたワラは、怒っていないどころか、むしろ高志の遅刻を歓迎しているらしい。
「けっこう、むずかしいもんだな」
 カメラのグリップをにぎった山崎が、ファインダーをのぞくために曲げていた腰を伸ばした。
 モニターの画像に納得したワラが、山崎をわきに押しやり、ファインダーをのぞきこむ。
 グリーンの地にオレンジのストライプという悪趣味なタクシーが、桜の花びらを捲きあげながら、校舎からの坂道をくだってきて、玄関のマーキーのまえでとまった。
「やっぱりさ、これを追っかけるのはムリだよ。フィクスで撮るしかないね」
 と、ワラはひとりで納得してうなずいた。
 ここからだと、坂をくだる車が玄関まえにたどりつくまで撮るには、「く」の字の鏡像を描くようにカメラを動かさねばならないが、トライポッドのジョイントは、そんな動きをするようにはできていない。
 折り畳みイスにおかれた、二巻の三〇分テープの箱を見て、慶一は情けなくなった。去年の予算ののこりで買ったものだが、これだけで一万円もする。
「はじめようか」
「そうしようぜ。遅刻した奴がいけないんだからな」
 そういう山崎のノンシャランな口調に、いちおうは高志に遠慮していたワラも安心したらしく、カメラを水平にもどし、坂を見わたせるように、ズームをいっぱいに引いた。
 体育館建設予定地の土盛りのかげから、また車があらわれ、ワラが躰を緊張させる。
「タクシーか」
 ファーストショットを決めたいワラは、セドリックのタクシーを見送った。
 テープの箱を床におき、折り畳みイスに腰をおろしながら、山崎が口を開く。
「それにしても、腹へったなあ」
「メシをもってくとかいった奴が、遅刻するからいけないんだ」
 慶一が腹を立てているのは、そのせいでもあった。
 二年生の帰寮刻限は午後二時なので、きょうの昼食などというものはない。高志は、正午に帰寮しろと電話してきたとき、メシは用意するといっていた。
 問題は、もう一時になるというのに、その高志がすがたを見せないことだ。
「ベントリー!」
 ワラの声に、慶一と山崎が目をあげた。シルヴァーグレイのベントリーが、ゆっくりと坂をくだってくる。かすかな音をたてて、テープが回転をはじめた。
 ワラはいったんテープをとめ、ななめ左下に向きをかえ、玄関の周囲が視野におさまったところで、またテープをまわした。
 ショーファーより早く、後部座席の…

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