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映画雑感(Ⅴ)
えいがざっかん(ご)
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「寺田寅彦全集 第八巻」 岩波書店
1997(平成9)年7月7日
初出「映画と演芸」1935(昭和10)年7月
入力者Nana ohbe
校正者浅原庸子
公開 / 更新2005-01-08 / 2014-09-18
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

      一 永遠の緑

 この英国製映画を同類の米国製レビュー映画と比べると一体の感じが随分ちがっている。後者の尖鋭なスマートな刺戟の代りに前者にはどこかやはり古典的な上品な滋味があるような気がする。
 この映画の頂点はヒロインが舞台で衣裳をかなぐり捨てブロンドのかつらを叩きつけて煩わしい虚偽の世界から自由な真実の天地に躍り出す場面であって、その前のすべてのストーリーはこの頂点へ導くための設計であるように見える。一九〇九年型の女優が一九三四年式のぴちぴちした近代娘に蝉脱した瞬間のスリルがおそらくこの作者の一番の狙いどころではないかと思われる。その後の余波となるべき裁判所の場面もちょっと面白い。証拠物件に蝋管蓄音機が持出されたのに対して検事が違法だと咎めると、弁護士がすぐ「前例」を持出すのや、裁判長のロードの少々勘の悪いところなどが如何にもイギリスらしくて、いつものアメリカの裁判所の場面と変った空気を出しているようである。
 どこにもあくどいところやうるさいところがなくて上へ上へと盛り上がって行くような全篇の構成を観賞しつつ享楽することが出来るようである。

      二 家なき児

 これもなかなか美しい映画であるが、前の「永遠の緑」などとはまた種類のちがった見どころを持っているようである。非常に面白いお伽噺の話の節が、手際よくきびきびと運ばれて行く、そのテンポの緩急が宜しきを得ている。色々の美しいタチングな場面が丁度そのお伽噺の挿画のように順々にめくられて行く、そうした美しい挿画が数え切れないほど沢山あるのである。例えば家なき児レミがミリガン夫人に別れを告げて船を下りてから、ヴイタリス老人とちょっと顔を見合せて、そうしてあてのない旅路をふみ出すところなどでも、何でもないようで細かい情趣がにじんでいる。永い旅路と季節の推移を示す短いシーンの系列など、まさに挿画を順々にめくって行く気持である。コローの絵を想い出させるようなフランスの田舎の幻像がスクリーンの上を流れて行く、老人と子供が雪夜の石段を下りて来る図や、密航船の荷倉で人参をかじる図なども純粋に挿画的である。

      三 管弦楽映画

 ベルリンフィルハルモニーにおける「地獄のオルフォイス」と「カルメン」の演奏を写したものであったが、これを見ながら聴きながら考えたことは、自分がベルリンへ行って実地に臨むよりもこうした映画で鑑賞する方が十倍も百倍も面白いのではないかということであった。第一、実地ではこんなに演奏者を八方から色々の距離と角度で眺めることは不可能であるが、そればかりでなく映画のカメラは吾らの眼の案内をして複雑な管弦楽の編成の内容を要領よく解明してくれる。曲の各部をリードしている楽器を時々に抽出してその方に吾々の注意を向けてくれる。例えばファゴットの管の上端の楕円形が大きく写ると同時に…

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