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クリスマス・カロル
クリスマス・カロル
作品ID4328
著者ディケンズ チャールズ
翻訳者森田 草平
文字遣い新字新仮名
底本 「クリスマス・カロル」 岩波文庫、岩波書店
1929(昭和4)年4月20日
入力者大久保ゆう
校正者松永正敏
公開 / 更新2002-12-24 / 2022-01-28
長さの目安約 177 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

第一章 マアレイの亡霊

 先ず第一に、マアレイは死んだ。それについては少しも疑いがない。彼の埋葬の登録簿には、僧侶も、書記も、葬儀屋も、また喪主も署名した。スクルージがそれに署名した。そして、スクルージの名は、取引所においては、彼の署名しようとするいかなる物に対しても十分有効であった。
 老マアレイは戸の鋲のように死に果てていた。
 注意せよ。私は、私自身の知識からして、戸の鋲に関して特に死に果てたような要素を知っていると云うつもりではない。私一個としては、むしろ柩の鋲を取引における最も死に果てた鉄物と見做したいのであった。けれども、我々の祖先の智慧は直喩にある。そして、私のような汚れた手でそれを掻き紊すべきではない。そんなことをしたら、この国は滅びて仕舞う。だから諸君も、私が語気を強めて、マアレイは戸の鋲の様に死に果てていたと繰り返すのを許して下さいましょう。
 スクルージは彼が死んだことを知っていたか。もちろん知っていた。どうしてそれを知らずにいることが出来よう。スクルージと彼とは何年とも分らない長い歳月の間組合人であった。スクルージは彼が唯一の遺言執行人で、唯一の財産管理人で、唯一の財産譲受人で、唯一の残余受遺者で、唯一の友達で、また唯一の会葬者であった。そして、そのスクルージですら、葬儀の当日卓越した商売人であることを失うほど、それほどこの悲しい事件に際して気落ちしてはいなかった。そして、万に一つの間違いもない取引でその日を荘厳にした。
 マアレイの葬儀のことを云ったので、私は出発点に立ち戻る気になった。マアレイが死んでいたことには、毛頭疑いがない。この事は明瞭に了解して置いて貰わなければならない。そうでないと、これから述べようとしている物語から何の不思議なことも出て来る訳に行かない。あの芝居の始まる前に、ハムレットの阿父さんは死んだのだということを充分に呑み込んでいなければ、阿父さんが夜毎に、東風に乗じて、自分の城壁の上をふらふらさまよい歩いたのは、誰か他の中年の紳士が文字通りにその弱い子息の心を脅かしてやるために、日が暮れてから微風の吹く所へ――まあ例えばセント・パウル寺院の墓場へでも――やみくもに出掛けるよりも、別段変ったことは一つもない。
 スクルージは老マアレイの名前を決して塗り消さなかった。その後幾年もその名は倉庫の戸の上にそのままになっていた。すなわちスクルージ・エンド・マアレイと云うように。この商会はスクルージ・エンド・マアレイで知られて居た。新たにこの商会へ這入って来た人はスクルージのことをスクルージと呼んだり、時にはマアレイと呼んだりした。が、彼は両方の名に返事をした。彼にはどちらでも同じ事であったのだ。
 ああ、しかし彼は強欲非道の男であった。このスクルージは! 絞り取る、捩じ取る、掴む、引っ掻く、かじりつく、貪欲な我利々々爺…

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