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二科狂想行進曲
にかきょうそうこうしんきょく
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「寺田寅彦全集 第八巻」 岩波書店
1997(平成9)年7月7日
初出「霊山美術」1928(昭和3)年11月
入力者Nana ohbe
校正者松永正敏
公開 / 更新2006-09-13 / 2014-09-18
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)
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本文より




         一

 古い伝統の床板を踏み抜いて、落ち込んだやっぱり中古の伝統長屋。今度の借家は少し安普請で、家具は仕入れ。ボールの机にブリキの時計、時計はいつでも三十度くらい傾いて、そして二十五時のところで止っている。いつまでも止っている。今度の大地震の来る日までは。

         二

 大掃除の午後の路地の交互点、こわれたおもちゃに葱大根の尻尾、空瓶空ボールの交響楽、マルクス、ムッソリニの赤ん坊の夢を買わないか。汚いものは美しく、美しいものはきたなく。のっぺりの中へ少しこまこまと金銀紫銅のモール。昼食か、そこへおきな。

         三

 黄は睨み朱は吼える、プルシアンブルーはうめく。鏝で勢いよくきゅうとなでて、ちりちりぱっとくくりをつけて、パイプをくわえて考え込んで、モンパリー、チッペラリー、ラタヽパン。そこでノアルで細筆のフランス文字、ブルバールデトセトラ。

         四

 脚は一八〇プロセントくらいに、眼と眼はうんとくっつけるか、思い切り開いて、さてこの腕をどうやろう。寛永寺の鴉より近い処にビッシェール、ロート。顔のここらへちょっと一刷毛、どうですこの色は新しいね。トラヽイラヽララー、絵具の払いはいつでもよい。

         五

 地獄変相図の世界国ノアの洪水、ソファの下から這出した蜘蛛蟹のお化け。熱つや苦しや、通風の悪い残暑の人いきれ。観音様が流行らないなら、モガの一人も張り飛ばして、食堂でアイスカフェーの食券一枚。

         六

 大家は大家で小家は小家、そして中家は中家で世紀はめぐる。鯛の頭に孔雀の尻尾。動物園には象が居るよ。植物園は涼しいね。マルクスが何と云っても絵画は絵画で科学は科学です。ヴォアラ、ネスパ、セッサ、ムシュー、アラマディ、プレンプアン、ラタヽパン。

 同じ人間が同じ会の展覧会批評を毎年つづけて書けば、結局同じような事を繰返すことになりそうですから、少し趣向を変えてと思ったのが丁度その時の気分でこんなものになってしまいました。しかしとにかくこのために一日わざわざ見に行ったのでしたが、その日はまた特別に蒸暑い日だったので頭がぼんやりして、そして気分が悪くなって帰って来て、すぐに机に向っていたら自然にこんな「詩」が生れました。自分でも何の事だか分らないが、しかしその日のその時刻の私のある感じだけは出ているようだから、ともかくも御目にかけます。御取捨御自由に願います。
(昭和三年十一月『霊山美術』)



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