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五重塔
ごじゅうのとう
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本現代文學全集 6 幸田露伴集」 講談社
1963(昭和38)年1月19日
初出「国会新聞」1891(明治24)年11月~1892(明治25)年4月
入力者kompass
校正者浅原庸子
公開 / 更新2004-11-29 / 2014-09-18
長さの目安約 111 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

       其一

 木理美しき槻胴、縁にはわざと赤樫を用ひたる岩畳作りの長火鉢に対ひて話し敵もなく唯一人、少しは淋しさうに坐り居る三十前後の女、男のやうに立派な眉を何日掃ひしか剃つたる痕の青[#挿絵]と、見る眼も覚むべき雨後の山の色をとゞめて翠の[#挿絵]ひ一トしほ床しく、鼻筋つんと通り眼尻キリヽと上り、洗ひ髪をぐる/\と酷く丸めて引裂紙をあしらひに一本簪でぐいと留めを刺した色気無の様はつくれど、憎いほど烏黒にて艶ある髪の毛の一ト綜二綜後れ乱れて、浅黒いながら渋気の抜けたる顔にかゝれる趣きは、年増嫌ひでも褒めずには置かれまじき風体、我がものならば着せてやりたい好みのあるにと好色漢が随分頼まれもせぬ詮議を蔭では為べきに、さりとは外見を捨てゝ堅義を自慢にした身の装り方、柄の選択こそ野暮ならね高が二子の綿入れに繻子襟かけたを着て何所に紅くさいところもなく、引つ掛けたねんねこばかりは往時何なりしやら疎い縞の糸織なれど、此とて幾度か水を潜つて来た奴なるべし。
 今しも台所にては下婢が器物洗ふ音ばかりして家内静かに、他には人ある様子もなく、何心なくいたづらに黒文字を舌端で嬲り躍らせなどして居し女、ぷつりと其を噛み切つてぷいと吹き飛ばし、火鉢の灰かきならし炭火体よく埋け、芋籠より小巾とり出し、銀ほど光れる長五徳を磨きおとしを拭き銅壺の蓋まで奇麗にして、さて南部霰地の大鉄瓶を正然かけし後、石尊様詣りのついでに箱根へ寄つて来しものが姉御へ御土産と呉れたらしき寄木細工の小纎麗なる煙草箱を、右の手に持た鼈甲管の煙管で引き寄せ、長閑に一服吸ふて線香の烟るやうに緩[#挿絵]と烟りを噴き出し、思はず知らず太息吐いて、多分は良人の手に入るであらうが憎いのつそりめが対ふへ廻り、去年使ふてやつた恩も忘れ上人様に胡麻摺り込んで、強て此度の仕事を為うと身の分も知らずに願ひを上げたとやら、清吉の話しでは上人様に依怙贔屓の御情はあつても、名さへ響かぬのつそりに大切の仕事を任せらるゝ事は檀家方の手前寄進者方の手前も難しからうなれば、大丈夫此方に命けらるゝに極つたこと、よしまたのつそりに命けらるればとて彼奴に出来る仕事でもなく、彼奴の下に立つて働く者もあるまいなれば見事出来し損ずるは眼に見えたこととのよしなれど、早く良人が愈[#挿絵]御用命かつたと笑ひ顔して帰つて来られゝばよい、類の少い仕事だけに是非為て見たい受け合つて見たい、慾徳は何でも関はぬ、谷中感応寺の五重塔は川越の源太が作り居つた、嗚呼よく出来した感心なと云はれて見たいと面白がつて、何日になく職業に気のはづみを打つて居らるゝに、若し此仕事を他に奪られたら何のやうに腹を立てらるゝか肝癪を起さるゝか知れず、それも道理であつて見れば傍から妾の慰めやうも無い訳、嗚呼何にせよ目出度う早く帰つて来られゝばよいと、口には出さねど女房気質、今朝背面から我が…

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