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森先生
もりせんせい
作品ID43390
著者芥川 竜之介
文字遣い新字新仮名
底本 「大川の水・追憶・本所両国 現代日本のエッセイ」 講談社文芸文庫、講談社
1995(平成7)年1月10日
入力者向井樹里
校正者砂場清隆
公開 / 更新2007-03-10 / 2014-09-21
長さの目安約 2 ページ(500字/頁で計算)

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本文より




 或夏の夜、まだ文科大学の学生なりしが、友人山宮允君と、観潮楼へ参りし事あり。森先生は白きシャツに白き兵士の袴をつけられしと記憶す。膝の上に小さき令息をのせられつつ、仏蘭西の小説、支那の戯曲の話などせられたり。話の中、西廂記と琵琶記とを間違え居られし為、先生も時には間違わるる事あるを知り、反って親しみを増せし事あり。部屋は根津界隈を見晴らす二階、永井荷風氏の日和下駄に書かれたると同じ部屋にあらずやと思う。その頃の先生は面の色日に焼け、如何にも軍人らしき心地したれど、謹厳などと云う堅苦しさは覚えず。英雄崇拝の念に充ち満ちたる我等には、快活なる先生とのみ思われたり。
 又夏目先生の御葬式の時、青山斎場の門前の天幕に、受附を勤めし事ありしが、霜降の外套に中折帽をかぶりし人、わが前へ名刺をさし出したり。その人の顔の立派なる事、神彩ありとも云うべきか、滅多に世の中にある顔ならず。名刺を見れば森林太郎とあり。おや、先生だったかと思いし時は、もう斎場へ入られし後なりき。その時先生を見誤りしは、当時先生の面の色黒からざりし為なるべし。当時先生は陸軍を退かれ、役所通いも止められしかば、日に焼けらるる事もなかりしなり。
(未定稿)



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