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花束の虫
はなたばのむし
作品ID43419
著者大阪 圭吉
文字遣い新字新仮名
底本 「幻の探偵雑誌1 「ぷろふいる」傑作選」 光文社文庫、光文社
2000(平成12)年3月20日
初出「ぷろふいる」ぷろふいる社、1934(昭和9)年4月号
入力者網迫、土屋隆
校正者大野晋
公開 / 更新2004-11-06 / 2016-02-20
長さの目安約 37 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

     一

 岸田直介が奇怪な死を遂げたとの急報に接した弁護士の大月対次は、恰度忙しい事務もひと息ついた形だったので、歳若いながらも仕事に掛けては実直な秘書の秋田を同伴して、取るものも不取敢大急ぎで両国駅から銚子行の列車に乗り込んだ。
 岸田直介――と言うのは、最近東京に於て結成された瑪瑙座と言う新しい劇団の出資者で、大月と同じ大学を卒えた齢若い資産家であるが、不幸にして一人の身寄をも持たなかった代りに、以前飯田橋舞踏場でダンサーをしていたと言う美しい比露子夫人とたった二人で充分な財産にひたりながら、相当に派手な生活を営んでいた。もともと東京の人で、数ヶ月前から健康を害した為房総の屏風浦にあるささやかな海岸の別荘へ移って転地療養をしてはいたが、その後の経過も大変好く最近では殆ど健康を取戻していたし、茲数日後に瑪瑙座の創立記念公演があると言うので、関係者からはそれとなく出京を促されていた為、一両日の中に帰京する筈になっていた。が、その帰京に先立って、意外な不幸に見舞われたのだ。――勿論、知己と迄言う程の深いものではなかったが、身寄のない直介の財産の良き相談相手であり同窓の友であると言う意外に於て、だから大月は、夫人から悲報を真っ先に受けたわけである。
 冬とは言え珍らしい小春日和で、列車内はスチームの熱気でムッとする程の暖さだった。銚子に着いたのが午後の一時過ぎ。東京から銚子迄にさえ相当距離がある上に、銚子で汽車を降りてから屏風浦付近の小さな町迄の間がこれ又案外の交通不便と来ている。だから大月と秘書の秋田が寂しい町外れの岸田家の別荘へ着いた時には、もうとっくに午後の二時を回っていた。
 この付近の海岸は一帯に地面が恐ろしく高く、殆ど切断った様な断崖で、洋風の小さな岸田家の別荘は、その静かな海岸に面した見晴の好い処に雑木林に囲まれながら暖い南風を真面に受ける様にして建てられていた。
 金雀児の生垣に挟まれた表現派風の可愛いポーチには、奇妙に大きなカイゼル髭を生した一人の警官が物々しく頑張っていたが、大月が名刺を示して夫人から依頼されている旨を知らせると、急に態度を柔げ、大月の早速の問に対して、岸田直介の急死はこの先の断崖から真逆様に突墜された他殺である事。加害者は白っぽい水色の服を着た小柄な男である事。而も兇行の現場を被害者の夫人と他にもう二人の証人が目撃していたにも不拘いまだに犯人は逮捕されない事。既にひと通りの調査は済まされて係官はひとまず引挙げ屍体は事件の性質上一応千葉医大の解剖室へ運ばれた事。等々を手短かに語り聞かせて呉れた。
 軈てカイゼル氏の案内で、間もなく大月と秋田は、ささやかなサロンで比露子夫人と対座した。
 悲しみの為か心なしやつれの見える夫人の容貌は、暗緑の勝ったアフタヌーン・ドレスの落着いた色地によくうつりあって、それが又二人の訪問者に…

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