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脳波操縦士
のうはそうじゅうし
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「怪奇探偵小説名作選7 蘭郁二郎集 魔像」 ちくま文庫、筑摩書房
2003(平成15)年6月10日
初出「科学ペン」1938(昭和13)年9月号
入力者門田裕志
校正者川山隆
公開 / 更新2006-12-20 / 2014-09-18
長さの目安約 32 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

   森源の温室

 奥伊豆――と呼ばれているこのあたりは、東京からいって、地理的にはほんの僅かな距離にあるのに、まるで別天地といってもよいほど、南国のような、澄み切った紺碧の空と、そして暖かい光線に充ち満ちていた。
 こんもりと円やかに波うっている豊かな土地は、何かしらこの私にさえ希望を持たせてくれるような気がしてならない。
 私は眼を上げて、生々しい空気を吸いこんだ。この、塵一つ浮いていない大気の中で、思う存分に荒々しく呼吸をし、手を振りまわして見たいような気がした。
 病後を、この奥伊豆に養いに来た私は、体温表の熱も、どうやらサインカーヴに落着いて来たし、それに何よりも『希望』というものを持つようになって来たことが、偉大な収穫であった。
 土埃りの、どんよりと濁った層を通してのみ太陽を見、そして都会特有のねっとりとした羊羹色の夜空を悪んでいた私には、ここに移って来ると共に、南国の空とはこんなにも蒼いものであるか、と半ばあきれてしまった位であり、其処に飛ぶ、純潔な綿雲に、健康な幻想を覚えるからであった。
 だが、そうして病気の方がよくなって来るにつれて、今度は、思いがけなかった、激しい無聊に襲われて来た。あたりはまるで太陽からの光線が、一つ一つ地面に泌入る音が聴えるほどの、俄つんぼのように静まりかえった眺めであるし、吹く風すらも私の耳に柔かいのだ。自分自身を持てあました私は、許すかぎりの時間を散歩にまぎらわし、なおその上、話し相手ほしさに、飢えて居たのであった。
 その頃だ、奇人、森源を知ったのは――。いささか前置きが長すぎたようであるが、その頃の私の退屈を知って置いて頂かないと、当時、誰一人として相手にしなかった森源と知り合いになったということが、どうも不自然のように思われはしまいかと惧れるからである。
 森源――というのは綽名で、実は森田源一郎というレッキとした名があるのだが、村人は誰も森源、森源、といっていたし、なんだかその方が彼の風貌をしっくりと表現するような気がし、私も口馴れたその名を呼ぶことにする。
 奇人森源についての、村人の噂は、或は隠れた大学者だともいい、或はただの、寧ろ狂人に近い変人なのだともいうけれど、いずれにしても、村人とは絶えて交際しない『変り者』であるということだけは一致していた。
 その、森源の家は私の借りていた家から四五丁はなれた、低い谷間にあって、この辺では珍らしい洋式を取り入れた建て方のものであった。そこに行くまでには、自然の温泉を利用した温室が幾棟か並んでい、その温室の中には、蔓もたわわに、マスクメロンが行儀よくぶら下っているのが眺められた。
 これは森源が考案したものだそうだけれど、今ではこの村のあちこちに、これを真似た自然温室が出来ていて、有力な副業になっているそうである。この点、森源は相当感謝されてもいい筈なの…

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