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復讐・戦争・自殺
ふくしゅう・せんそう・じさつ
作品ID43444
著者北村 透谷
文字遣い新字旧仮名
底本 「現代日本文學大系 6 北村透谷・山路愛山集」 筑摩書房
1974(昭和44)年6月5日
入力者kamille
校正者鈴木厚司
公開 / 更新2004-11-15 / 2014-09-18
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

     復讐

 人間の心界に、頭は神にして脚は鬼なる怪物棲めり。之を名けて復讐と云ふ。渠は人間の温血を吸ひて人間の中に生活する無形動物にして、古へより渠が為に身を誤りたるもの、渠によりて志を得たるもの、渠の為に苦しみたるもの、渠の為に喜びたるもの、挙て数ふべからざるなり。
 見よ、戯曲は渠を以て上乗の題目とするにあらずや、見よ、世間は渠を以て尊ふとむべきものとするにあらずや、而して復讐なるもの、そのいかなる意味の復讐に関らず、人間の心血を熱して、或は動物の如く、或は聖者の如く、人を意志の世界に覚めしむるはあやし、あやし。
 復讐は快事なり。人間は到底、平穏無事なるものにあらず。罵らるれば怒り、撃たるれば憤る、而して、其の怒ること、其の憤ること、即坐に情を洩らすこと、野獣の如くにして而して止むを得ば、恐らく復讐といふものゝ要は無かるべし。然れども人間は記憶に囲まるゝものなり。心界に大なる袋あり、怒をも、恨をも、この中に蓄ふることを得るものなり。再言すれば情緒を離るゝこと能はざるは人間なり。人間の一生は、苦痛の後に快楽、快楽の後に苦痛ありて、而して満足といふものはいつも霎時のものにして、何事も唯だ一時の境遇に縛らるゝものなり。爰に於て、人間の本能の、或部分は、快事の為に狂するなり。
 復讐の快事なるは、飲酒の快事なるが如く然るなり。日常の生活に於て此事あり。多岐多方なる生涯の中に幾度か此事あるなり。生活の戦争は一種の復讐の連鎖なり。人は此快事の為に狂奔す。人は此快事の為に活動す。斯の如くにして今日の開化も昔日の蛮野に異ならざるなり。然り、ヒユーマニチーは衣装こそ改まれ、千古不変なるものなり。
 復讐の精神は、自らの受けたる害を返へすにあり。而して自らの受けたる害を償ふことを得るは、甚だ稀なる塲合なり。己れが受けたる害の為に、対手に向つて之に相当なる害を与ふるにあり。而して斯の如く害を加へたる時に、己れの受けたる害は償はれたる如き心地して、奇様なる満足を得るなり。斯の如きもの復讐の精神なりとせば、復讐なる一事は、人間の高尚なる性質を証しするものにあらずして、極めて卑き、動物らしき性質をあらはすものに外ならず。
 歴史はあやしき事実をあかしす、各国共に復讐を重んじたる時代あること是なり、「忠臣蔵」のはなしは最早世界にかくれなきものとなれり。いづれの国にも復讐なるものが何とはなく唯だ重んずべきものとなり居たること、吾人の能く知るところなり。復讐の親族に決闘あり、決闘の兄弟に暗殺あり。暗殺は卑怯なりとして賤められ、決闘は快事として重んぜらる、而して復讐なるものは尤も多く人に称せらる。人間何ぞ斯の如く奇怪なる。
 維新の革命は、公けの復讐に最後を告げたり。法律の進歩は各自勝手の復讐を変じて、社界の復讐となせり。吾人は法律家として斯く言ふにあらず、歴史の観察より斯く言ふ…

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