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明治文学史
めいじぶんがくし
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「現代日本文學大系 6 北村透谷・山路愛山集」 筑摩書房
1974(昭和44)年6月5日
初出「国民新聞」1893(明治26)年3月1日~5月7日
入力者kamille
校正者鈴木厚司
公開 / 更新2006-08-14 / 2014-09-18
長さの目安約 30 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

     序論

 飛流直下三千丈、疑是銀河落九天。
 是豈明治の思想界を形容すべき絶好の辞に非ずや。優々閑々たる幕府時代の文学史を修めて明治の文学史に入る者奚ぞ目眩し心悸せざるを得んや。
 文学は即ち思想の表皮なり、乞ふ思想の変遷を察せしめよ。
 封建の揺籃恍惚たりし日本は頓に覚めたり。和漢の学問に牢せられたる人心は自由を呼吸せり。鉄の如くに固まれるものは泥の如くに解けたり。維新の始めに方りてや、所謂智識を世界に求むるの精神は沛乎として抑ゆべからず。天下の人心は飢渇の如く新しき思想新しき智識を追求めたり。其錦旗を飜して東海道に下向し、山の如き関東の勢を物の数とせざりしが如き議政官に上局下局を設けて公議輿論を政治の標準とし、世界第一の民政国たる米国に擬せんとせしが如き政治的冒険の花々しく、恐ろしく、快絶奇絶なりしが如く、当時の思想界の冒険も亦孟賁をして後へに瞠若たらしむる程の勢ありき。若し明治元年より今日に至るまで日本の思想史を分ちて上中下の三となさば其上代は即ち極めて大胆なる、極めて放恣なる、而して極めて活溌なる現象を有する時代にして、加藤弘之氏が「真政大意」を作りて人民参政の権利を以て自然の約束に出でたりと論じ、福沢諭吉氏が西洋事情世界国尽しの如き平民的文学を創めて天は人の上に人を作らずと喝破せしが如き、将又明六社なる者が其領袖西周、津田真道、森有礼等に因りて廃刀論、廃帝論、男女同権論の如き日本歴史に未曾有なる新議論を遠慮会釈なく説き立てしが如き、中村敬宇先生が自助論を飜訳し耶蘇教の洗礼を受けしが如き、皆是れ前例なく先蹤なく、前人の夢にだも思はざる所迄に向つて先づ手を附けし者なり。其勢水の堤を破りて広野を湿すが如く浩々滔々として禁ずべからず、止むべからず。千里の竜馬槽櫪の間を脱して鉄蹄を飛風に望んで快走す、何者も其奔飛の勢を遏止する能はず、何物も其行く所を預想する能はず。
 既にして奔る者は疲れたり。回顧の時代は来れり。成島柳北、栗本鋤雲の諸先生が新聞記者として多くの読者を喜ばすに至りたるは何故ぞ。反故の中に埋るべき運命を有せりと思はしめたる漢詩文が再び重宝がられ、朝野新聞の雑録及び花月新誌の一瀉千里の潮頭が忽ち月の引力に因りて旧の岸に立廻らんとせしに非ずや。英語階梯や「リードル」を携へて洋学先生の門に至りしものが更に之を抛ちて再び漢学塾を訪ひ、古老先生の教を拝聴せしものは何故ぞ。余りに急走したる結果が大なる休息を求むるに至りたる故に非ずや。
 然れども第十九世紀の大勢は後へを圧せり。疲れたりと雖も中止すべからざるなり。填然として之に鼓ち兵刃既に交はるに及んでは勢勝敗を決せざるべからず。其一兵一卒の疲れたるが為めに全軍の掛引を変ずべからず。福沢諭吉氏を除きては先輩諸子の既に殆んど倦色を著はせし当時に於て田口卯吉氏は経済に於て自由貿易論を主張し、馬場辰猪氏…

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