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世界怪談名作集
せかいかいだんめいさくしゅう
副題16 鏡中の美女
16 きょうちゅうのびじょ
著者
翻訳者岡本 綺堂
文字遣い新字新仮名
底本 「世界怪談名作集 下」 河出文庫、河出書房新社
1987(昭和62)年9月4日
入力者小林繁雄、門田裕志
校正者大久保ゆう
公開 / 更新2004-11-02 / 2014-09-18
長さの目安約 41 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

      一

 コスモ・フォン・ウェルスタールはプラーグの大学生であった。
 彼は貴族の一門であるにもかかわらず、貧乏であった。そうして、貧乏より生ずるところの独立をみずから誇っていた。誰でも貧乏から逃がれることが出来なければ、むしろそれを誇りとするよりほかはないのである。彼は学生仲間に可愛がられていながら、さてこれという友達もなく、学生仲間のうちでまだ一人も、古い町の最も高い家の頂上にある彼の下宿の戸口へはいった者はないのであった。
 彼の謙遜的の態度が仲間内には評判がよかったのであるが、それは実のところ彼の隠遁的の思想から出ているのであった。夜になると、彼は誰からも妨げられることなしに、自分の好きな学問や空想にふけるのである。それらの学問のうちには、学校の課程に必要な学科のほかに、あまり世間には知られもせず、認められもしないようなものが含まれていた。彼の秘密の抽斗には、アルベルタス・マグナス(十三世紀の科学者、神学者、哲学者)や、コンネリウス・アグリッパ(十五世紀より十六世紀にわたる哲学者で、錬金術や魔法を説いた人)の著作をはじめとして、その他にもあまりひろく読まれていない書物や、神秘的のむずかしい書物などがしまい込まれてあった。しかもそれらの研究は単に彼の好奇心にとどまって、それを実地に応用してみようなどという気はなかったのである。
 その下宿は大きい低い天井の部屋で、家具らしい物はほとんどなかった。木製の椅子が一対、夜も昼も寝ころんで空想にふける寝台が一脚、それから大きい黒い槲の書棚が一個、そのほかには部屋じゅうに家具と呼ばれそうな物は甚だ少ないのであった。その代りに、部屋の隅ずみには得体の知れない器具がいろいろ積まれてあって、一方の隅には骸骨が立っていた。その骸骨は半ばはうしろの壁に倚りかかり、半ばは紐でその頸を支えていて、片手の指をそのそばに立ててある古い剣の柄がしらの上に置いているのであった。ほかにもいろいろの武器が床の上に散らかっている。壁はまったく装飾なく、羽をひろげた大きいひからびた蝙蝠や、豪猪の皮や剥製の海毛虫や、それらが何だか分からないような形になって懸かっている。但し、彼はこんな不可思議な妄想に耽っているかと思えば、また一方にはそれとまったく遠く懸け離れたことをも考えているのであった。
 かれの心はけっして恍惚たる感情をもって満たされているのではなく、あたかも戸外の暁け方のように、匂いをただよわす微風ともなり、また、あるときは大木を吹きたわませる暴風ともなるのであった。彼は薔薇色の眼鏡を透してすべての物を見た。かれが窓から下の町を通る処女をみおろした時、その処女はすべて小説ちゅうの人物ならざるはなく、彼女の影が遠く街路樹のうちに消え去るまで、それを考えつづけているのである。彼が町をあるく時、あたかも小説を読んでいるような心持ちで…

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