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世界怪談名作集
せかいかいだんめいさくしゅう
副題12 幻の人力車
12 まぼろしのじんりきしゃ
著者
翻訳者岡本 綺堂
文字遣い新字新仮名
底本 「世界怪談名作集 下」 河出文庫、河出書房新社
1987(昭和62)年9月4日
入力者小林繁雄、門田裕志
校正者大久保ゆう
公開 / 更新2004-10-31 / 2014-09-18
長さの目安約 53 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

       一

悪夢よ、私の安息を乱さないでくれ。
闇の力よ、私を悩まさないでくれ。
 印度という国が英国よりも優越している二、三の点のうちで、非常に顔が広くなるということも、その一つである。いやしくも男子である以上、印度のある地方に五年間公務に就いていれば、直接または間接に二、三百人の印度人の文官と、十一、二の中隊や連隊全部の人たちと、いろいろの在野人士の千五百人ぐらいには知られるし、さらに十年間のうちには彼の顔は二倍以上の人たちに知られ、二十年ごろになると印度帝国内の英国人のほとんど全部を知るか、あるいは少なくとも彼らについてなんらかを知るようになり、そうして、どこへ行ってもホテル代を払わずに旅行が出来るようになるであろう。
 款待を受けることを当然と心得ている世界漫遊者も、わたしの記憶しているだけでは、だいぶ遠慮がちになってきてはいるが、それでも今日なお、諸君が知識階級に属していて、礼儀を知らない無頼の徒でないかぎりは、すべての家庭は諸君のために門戸をひらいて、非常に親切に面倒を見てくれるのである。
 今から約十五年ほど前に、カマルザのリッケットという男がクマーオンのポルダー家に滞在したことがあったが、ほんの二晩ばかり厄介になるつもりでいたところ、リューマチ性の熱が因で六週間もポルダー邸を混乱させ、ポルダーの仕事を中止させ、ポルダーの寝室でほとんど死ぬほどに苦しんだ。ポルダーはまるでリッケットの奴隷にでもなったように尽力してやった上に、今もって毎年リッケットの子供たちに贈り物や玩具の箱を送っている。そんなことはどこでもみな同様である。諸君に対して、お前は能なしの驢馬だという考えを、別に隠そうともしないようなあけっ放しの男や、諸君の性格を傷つけたり、諸君の細君の娯楽を思い違いするような女は、かえって諸君が病気にかかったり、または非常な心配事に出逢ったりする場合には、骨身を惜しまずに尽くしてくれるものである。
 ドクトル・ヘザーレッグは普通の開業医であるが、内職に自分の家に病室を設けていた。彼の友人たちはその設備を評して、もうどうせ癒らない患者のための馬小屋だといっていたが、しかし実際暴風雨に逢って難破せんとしている船にとっては適当な避難所であった。印度の気候はしばしば蒸し暑くなる上に、煉瓦づくりの家の数が少ないので、唯一の特典として時間外に働くことを許可されているが、それでもありがたくないことには、時どきに気候に犯されて、ねじれた文章のように頭が変になって倒れる人たちがある。
 ヘザーレッグは今まで印度へ来ていたうちでは一番上手な医者ではあるが、彼が患者への指図といえば、「気を鎮めて横になっていなさい」「ゆっくりお歩きなさい」「頭を冷やしなさい」の三つにきまっている。彼にいわせれば、多くの人間はこの世の生存に必要以上の仕事をするから死ぬのだそうである…

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