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賤事業弁
せんじぎょうべん
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「現代日本文學大系 6 北村透谷・山路愛山集」 筑摩書房
1969(昭和44)年6月5日
初出「文學界 五號」文學界雜誌社、1893(明治26)年5月31日
入力者kamille
校正者鈴木厚司
公開 / 更新2005-05-06 / 2014-09-18
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 事業を賤しむといふ事は「文学界」が受けたる攻撃の一なり。而して此攻撃たるや、恐らく余が「人生相渉論」を誤読したるより起りたる者なるべしと思へば、爰に一言するの止むべからざるを信ずるなり。
 余は先づ「事業」とは如何なる者なりやを問はざるべからず。次に文学は「事業」といふ標率を以て論ずべき者なりや否やを、問はざる可からず。
 余は文学といふ女神は、寧ろ老嬢として終るも、俗界の神なる「事業」に嫁することを否むべしと言ひたり。その斯く言ひたるは、「事業」を以て文学を論ずる標率とするを難じたるものにして、事業其れ自身に就きて何とも云はざりしなり。然るに横鎗の人々は己れの事業を侵されしかの如く、頻りに此事に向つて鋒先を揃へて攻戦するは豈奇怪ならずや。
 抑、事業といふ字の普通の意義の中には、文学者が文章を書く事業の外のものを含みてあるなり。故に事業を以て文人を論ずるは、其真相を誤るの恐なき能はず。余は愛山君の「頼襄論」を批評したるにあらず、愛山君が頼襄を論ずるの標率として、及びすべての他の文士を論ずるの標率として、其の事業を取らんとするを、怪しみたるのみ。余は此点に於て余の論旨を明かにする為に、西行をもウオーヅオルスをも芭蕉をも引出して、証人に使ひたるなり。蘇峰先生が「熱海だより」の中に、頼襄の批評に長じたること、即ちクリチシズム・ヲブ・ライフに長じたること、を言はれたる時には余も成程と思ひて、従来よりも山陽を重く見る様になりたるなり、余は明白に斯く言ふ、而して言ふを愧ぢざるなり、然れども余が前文は、頼襄自身とは何の関係もなき事を記憶せられよ、「頼襄論」の冒頭数行が面白からぬを以て、即ち事業を標率として文章を論ずるを非なりと思ひしが故に、彼の如くには論ぜしなれ。愛山君が三籟子に与へて、暗に吾人を責めたる書簡の中に、吾人が折々西行芭蕉の名を引出すを怪しみたるは御尤なり、然れども、いかにせん吾人は真正の意味に於て、日本の詩人(過去の、即ち仏教的日本の)としては先づ指を彼等に屈する者なり。左りとて吾人もいつまでか、西行芭蕉の名を繰返してあらんや、追々に文学史上にて白石山陽等の諸氏の文学上の価値を論ずる心得なれば、此事に就きては御安心あらんことを請ふになむ。但し吾人は、白石にせよ、山陽にせよ、其の文学上の価値を論ずる訳にして、決して其事業を論ずるものにあらざるなり、事業は事業として、その人物論に於て之を論ずるを可とす、その文学を論ずるには、所詮事業は後に置かざるべからず、若し文学を事業といふ標率の上より論ずれば、政治上の論文を書く小新聞の雇記者は、大概の詩人小説家より上に置かざるべからず、愛山君とて正可に斯る御考にはあらざるべし、余とて正可に山陽が一代の文豪なりしを知らざる訳にもあらざるなり。更に一歩を転じて之を考ふるに、事業を以て文学を論ずるの標率となすに於ては、近頃民友…

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