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山雀
やまがら
作品ID4349
著者薄田 泣菫
文字遣い新字旧仮名
底本 「泣菫随筆」 冨山房百科文庫43、冨山房
1993(平成5)年4月24日
入力者林幸雄
校正者門田裕志
公開 / 更新2003-04-06 / 2014-09-17
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

        一

 私の近くにアメリカ帰りの老紳士が住んでをります。その人が今年の春六甲山へ登つて、その帰りにあたりの松林で小鳥の巣を見つけました。巣にはやつと羽が生えかけたばかしの雛が四羽をりました。雛は老紳士を見ると、口を一ぱいに開けて、ちいちいと鳴きました。
「可愛い奴だな。俺の顔を見ると、あんなにものを欲しがつてゐるよ」
 老紳士は何か持ち合せはないかしらと袂をさぐつてみましたが、あいにく巻煙草の箱しか見つかりませんでした。老紳士は大の煙草好きでしたが、小鳥であり、おまけに未成年者であるこの相手に、煙草をすすめるわけにもゆきませんので、もどかしさの思ひをしながらも、黙つて見てをりました。
「可愛い奴だ。何鳥かしら」老紳士は覗き込むやうにして雛の毛をあらためました。「山雀によく似てゐるな。山雀かい、お前たちは」
 巣の中の小鳥は、それを聞くと、一斉に頭をもちあげて、ちいちいと鳴きました。
「やつぱし山雀だ」
 さう思ふと同時に、その山雀にいろんな藝を仕込む面白さが老紳士の心を捉へました。親鳥が居合せないのを仕合せに、巣ぐるみ雛を懐中にねぢ込んで、逃げるやうにして山を下りてきました。そして道々、
「もうこんなに大きくなつたんだから、餌付けさへうまくやつたら、きつと育つだらうて」
と言訳らしく、独りごとをいひました。
 小鳥は四羽のうち、三羽までは死にましたが、残つた一羽は餌づけもうまくいつて、無事に育ちました。だが、困つたことには、山雀だと思つて育てた小鳥が、だんだん大きくなるにつれて、毛いろから恰好までそつくり頬白に変つてきました。老紳士はそれを見ながら、毎日のやうに溜息をついてゐます。
「頬白だつていいぢやありませんか。山雀とは比べものにならない好い声で、
 一筆啓上仕りそろ……
と、鳴きますからね」
といつて、慰めますと、老紳士は浮かぬ顔をして、
「いくら好い声で鳴いたところで、頬白だつたら山雀のやうにこつちの思ひ通りに藝を仕込むわけにはゆきませんからね」
といつてゐます。老紳士は閑にまかせて自分の好みを、小さな鳥の上に一つ残しておきたいらしく見えました。

        二

 山雀といへば、私の子供の頃よく顔を見知つてゐた、親類つづきの山崎老人のことを思ひ出します。山崎老人は負け嫌ひな、気性の激しい上に、時勢に対する適応性と才能とを欠いでゐたために、毎日毎日いらだたしさから、自分で自分の生活を腐蝕してゆくよりほかには仕方がなかつた人でした。都会でも、田舎でも、旧家が衰へ初める頃になると、変質的によくかうした主人を産み出すものです。
 老人の激しい気性は、自然村の人たちをその身辺から遠ざけました。老人は話相手のない所在なさといらだたしさとから遁れるために、毎日鉄砲をかついで、野山へ出かけました。そして見あたり次第に兎を撃ちました。狐を撃ちま…

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