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株式仲買店々員
かぶしきなかがいてんてんいん
作品ID43497
原題The Stock-broker's Clerk
著者ドイル アーサー・コナン
翻訳者三上 於菟吉
文字遣い新字新仮名
底本 「世界探偵小説全集 第三卷 シヤーロツク・ホームズの記憶」 平凡社
1930(昭和5)年2月5日
入力者京都大学電子テクスト研究会入力班
校正者京都大学電子テクスト研究会校正班
公開 / 更新2004-10-06 / 2014-09-18
長さの目安約 41 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 結婚してからほどなく、私はパッディングトン区にお得意づきの医院を買った。私はその医院を老ハルクハー氏から買ったのであるが、老ハルクハー氏は一時はかなり手広く患者をとっていたのであった。しかし寄る年波とセント・ビタス・ダンスをする習慣があったためすっかりからだを悪くしたので、だんだんお客をなくして淋れてしまった。世間の人と云うものは、病人を治療する人間は、その人自身が健康でなくてはならない。そしてもしその人が病気になっても自分の医薬ではなおることが出来ないのを見ると、その人の治療上の力を疑いはじめる、と云うそうした傾向を持っているものであるが、これはむしろ当然な話である。つまりそれと同じような理由で、ハルクハー氏は次第に医院をさびれさせていって、私がその医院を買うまでに一年に千二百人からあった患者が三百人ほどもないくらいにまで減ってしまった。けれども私は、私の若さと体力とに自信があったので、二三年の間には昔と同様に繁盛するだろうと確信していた。
 私は仕事を始め出してから三ヶ月の間、最も熱心に注意深く働いた。そのため、私はベーカー街に行くには余りにいそがしすぎて、ほとんどシャーロック・ホームズと会わなかった。そして彼自身も、自分の職業上の仕事以外には、どこへも出かけなかった。それ故、六月のある朝、朝飯をすましてブリティッシ・メディカル・雑誌を読んでいると、玄関のベルが鳴り、つづいて私の親友の大きな甲高い調子の声がきこえて来たので、私はびっくりした。
「やあ、ワトソン君」
 彼は部屋の中に這入って来ると云った。
「君に会えて嬉しいよ。――君は例の『四つの暗号』事件以来、からだはすっかりいいんだろう?」
「有難う。――お蔭さまで二人とも丈夫だよ」
 私は彼と友情のこもった握手をしながら云った。
「そう。そりア結構。けれどその上に……」
 と、彼は廻転椅子の上に腰をおろしながらつづけた。
「医者の仕事に本気になりすぎて、僕たちの推理的探偵問題に持っていた君の興味が、全然なくなっちまわないとなお結構なんだけれどね……」
「ところがその反対なんだよ」
 と、私は答えた。
「つい昨夜、僕は古いノートを引っぱり出して調べて、やって来た仕事を分類したばかりなんだよ」
「今までを最後にして、君の蒐集を分類してもう仕事を止めちまおうと思ったわけじゃないんだろうね」
「全然そうじゃないさ。それどころか、もっといろいろな経験を積みたいと思ってるくらいだもの。僕にはそれ以上に望ましいことは何もないよ」
「じゃ、きょうからでも、すぐ仕事にかかってくれるかい?」
「やるとも。きょうからでも、君が必要だと云うなら……」
「遠くってもいいかい? バーミングハムなんだ」
「いいとも。君がそこへ行けと云うなら」
「けれども商売のほうはどうする?」
「隣の家に住んでる男がどこかへ出かける時はいつも…

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