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哀詞序
あいしじょ
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「現代日本文學大系 6 北村透谷・山路愛山集」 筑摩書房
1969(昭和44)年6月5日
初出「評論 十二號」女学雜誌社、1893(明治26)年9月9日
入力者kamille
校正者鈴木厚司
公開 / 更新2005-05-06 / 2014-09-18
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 歓楽は長く留り難く、悲音は尽くる時を知らず。よろこびは春の華の如く時に順つて散れども、かなしみは永久の皷吹をなして人の胸をとゞろかす、会ふ時のよろこびは別るゝ時のかなしみを償ふべからず。はたまた会ふ時の心は別るゝ時の心の万分の一にだも長からず。生を享け、人間に出でゝ、心を労して荊棘を過る、或は故なきに敵となり、或は故なきに味方となり、恩怨両つながら暴雨の前の蛛網に似て、徒らに啻だ毛髪の細き縁を結ぶ、夕に笑ひしに因て朝に泣くの果を見つ、朝に泣きしに因つて更に又た夕に笑はんとす、斯の如きは憫れむべし、斯の如きは悲しむべし、斯の如きは厭ふべし、我れつら/\世相を観ずるに、誰か亦た斯の如くならざらむ。娼婦の涕は紅涙と賞へられ、狼心の偽捨は慈悲と称へらる。友と呼び愛人といふも、はしたなきもつれに脆くも水と冷ゆるは世の習ひなり、鷺を白しと云ひ、鴉を黒しといふも唯だ目にみゆるところを言ふのみ、人の心を尋ぬれば、よしなきことを諍ひては瞋恚の焔を懐にもやし、露ほどの恨みも長しへに解くることなく人を毀はんと思ふ。右に行くものゝ袂は左に往くものゝ手に把られ、左に行くものも亦た右に往くものに支へらる。鴿の面をもてる者に蛇の心あり、美はしき果実に怖ろしき毒を含めることあり、洞に近けば※蛇[#「虫+元」、162-下-19]蟄し、林に入れば猛獣遊ぶ。二世といふ縁に二世あるは少なく、三世といふに三世あるも亦尠なし、まことの心にて契る誓ひは稀にして、唯だ目前の情と慾とに動くも亦たはかなき至りなり、讐と恩とに於て亦た斯の如し。必らず酬ふべしと思ふ程ならば、酬はずして自から酬ゆるものを。必らず忘れじといふ恩ならば、忘るゝとも自から忘るまじきを。讐には手をもて酬ひんと思ふこと多く、恩には口をもて報ずること多し。敵と味方に於いて亦た斯の如し。一時の利の為めに味方となるものは、又た一時の害の為めに離るゝを易しとす。一時の害の為めに敵となるものは、又た一時の利の為めに味方となるを易しとす。西風には東に飛び、東風には西に揚がるは紙鳶なり、人の心も大方は斯くの如し。風の西に吹くを能く見るものを達識者と呼び、風の東に転ずるを看破するものあれば、卓見家と称なへんとす。勇者はその風に御して高く飛び、智者はその風を袋に蓄はへて後の用を為す。運よくして思ふこと図に当りなば傲然として人を凌ぎ、運あしくして躬蹙りなば憂悶して天を恨む。凌がるゝ人は凌ぐ人よりも真に愚かなりや、恨まるゝ天は恨む人の心を測り得べきや。斯の如きは世なり。斯の如きは人間なり。深く心を人世に置くもの、安くんぞ憂なきを得ん。安くんぞ悲なきを得ん。甘露を雨らす法の道も、世を滋ほすこと遅く、仁義の教も人の心をいかにせむ。天地の間に我が心を寄するものを求めて得ざれば、我が心は涸れなむ。
 我はあからさまに我が心を曰ふ、物に感ずること深くして、悲に沈むこと常…

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