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一青年異様の述懐
いちせいねんいようのじゅっかい
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「紫琴全集 全一巻」 草土文化
1983(昭和58)年5月10日
初出「女学雑誌」1892(明治25)年10月15日
入力者小林繁雄、門田裕志
校正者松永正敏
公開 / 更新2004-10-02 / 2014-09-18
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 恋愛を知らずして、恋愛を画くは。殆んど素人の、水先案内をなすが如し。いはんや、異性の人の、恋愛においてをや。されどかれは、誤れば人命を傷ふの恐れあれど、これは間違へばとて、人の笑ひを招くに止まると、鉄面にものしぬ。予は敢へて、恋愛を説くといはじ。ただその一端はかくやらむと。疑ひを大方に質すのみ。
つゆ子しるす

 予は何故に、彼女のこと、かほどまでに、心に掛かるか、予が彼女に始めて逢ひたるは、たしか数日以前の事にてありき。その後予は、彼女の事について、思ふ外は、何事をも思はず。また彼女に再び逢はむとて、一二度予が友の家へ行きたる外は、何事をなし来りたるかを記憶せざるなり。ただある一人の友は、予が二三日前学校の窓に依りて、何日になく、沈んだる調子にて、何か考へいたりしを、見しといへり。また一人は、昨日途中にて、予に出会いしかど、予はただその顔を見たるのみ、彼が何をかいひたるに、答へずして行き過ぎたりと告げたりき。されば予は、例の如く、学校にも行きしものと見ゆ。されども予は記憶せず、予はただ彼女の事のみを思ふ。予は実に、不思議なる人と、なりたるかな。予はもと、父母より稟けたる、資質と、しかも自らの修養とに依り、物に動せざる特性は確かに、備へをりたり。この点は人よりも称せられ、また自らも恃みいたりしなり。故に今日まで、いかなる場合、いかなる事変、いかなる人物に接しても、怖るる、あわてる、驚くなどいへる事は、なかりしに、彼女に対しては、予は全く眼眩み、口咄し、耳聾し、恍惚として、自他の境をも、弁ぜざるものと、なりたるなり。これまで、強情なる男といはれたる予が、彼女の前には、一処女の如く、化し去らるるなり。予が彼女の前にある時は、彼が予に、何事をか、命じくれまじやと冀ふのみ。予が全身は、彼女の前に捧げ物となる。予が特性、予が自負、ここに至つて全く烟散霧消す。これそもそも何の理由なるや、予その所以を知らざるなり。かつて聞く、昔泰西の学者の間に行なはれたる説に、知識の石(ストーン、オフ、ウイスドム)または、聖哲の石(フイロソフアース、ストーン)てふ宝石ありて、この宝石は、鉛を銀にし、銅を金にし、またよく不老不死の、仙薬を製し得るの、怪力ありとて、遂にその石の探求に、終生を擲ちたるの学者もありきと、もし彼女は、これら宝石の類にはあらざるか。予は深くこれを疑ふ。しかれどもかの宝石の説は、ただこれ学説上の、妄想迷信より出でたるものにして、一人もこれを発見したるものなかりしといへば。今日かくの如きもののあるべき筈はなし。さらばいよいよ彼女の怪力は、不可思議なり。彼が予の特性を奪ひ、予の本質を変じたるの事実は、昭々として数日以来予の眼に映ずるところ予は実にその原因を、講究せざるべからざるなり。よつて予は先づ彼女と始めて、相見たりし時に遡りて、それより、順序を追ふて、考ふべし。予が…

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