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小むすめ
こむすめ
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「紫琴全集 全一巻」 草土文化
1983(昭和58)年5月10日
初出「女学雑誌」1894(明治27)年1月6日
入力者小林繁雄、門田裕志
校正者松永正敏
公開 / 更新2004-10-02 / 2014-09-18
長さの目安約 10 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 氷の塊かとも見ゆる冬の月は、キラキラとした凄しい顔を大空に見せてはをれど、人は皆夜寒に怖ぢてや、各家戸を閉ぢたれば、まだ宵ながら四辺寂として音もなし。さなきだに陰気なる家の、物淋しさはいや増しぬ。二分じんのランプ影暗く、障子の塵、畳の破れも、眼に立ちては見えねど、病みたる父の、肉落ち骨立ちてさながら、現世の人とも思はれぬが、薄き蒲団に包まれて、壁に向ひ臥したる後姿のみは、ありありとして少女の胸を打ちぬ。父は病苦と夜寒とに、寐ても寐つかれずや、コホンコホンと咳く声の、骨身に徹へてセツナそうなるにぞ、そのつど少女は、慌てて父が枕上なる洗ひ洒しの布片を取りて父に与へ、赤きものの交りたる啖を拭はせて、またしよんぼりと坐りいぬ。
 少女といふは年の頃十四五、勝れたる容姿といふにはあらねど、優形にて色白く、黒色がちなる眼元愛らしければ、これに美しき服着せたらんには、天晴れ一個の、可憐嬢とも見ゆるならむが、身装のあまりに見苦しきと、水仕の業を執ればにや、手の指赤く膨らみて、硬太りに太りたる二つ、小奇麗なる顔に似合はしからぬやうにて、何となく憐れ気なり。淋しさと心細さは、四辺よりこの少女を襲へばや、少女は何をか思ひ出して、しくしくと泣きゐたり。
 お袖お袖と力なき呼声は、覚束なくもこの寂寞を破りて、蒲団の内より漏れ出ぬ。お袖はハツと父の方を見遣れば、父はかなたを向きたるまま「おッ母さんはどこかへ行つたかい」「ハイ先刻差配のおばさんの許まで行つて来るといふて」「フムまた出歩行か、ああ困つたもんだ。己れが床てゐることも、お前がそうして苦労するのも、気にならないのかネー、モーかれこれ九時にもなるだらふ、ちよつと行つて呼んでお出で」お袖はハイと応答しが、母が近所へ出歩行くは、今日に始まりたる事にもあらず。昨日も隣へ行きたるまま、久しく帰り来さりしかば、父の吩咐にて呼びに行きたるに、母はその時眼に角立てて「何か用かい、用でなければおッ母さんが帰るまで来なくツても宜しい。朝から晩まで病人の顔ばかり見てゐては、気がクサクサしておッ母さんまで病気が出そうだ、それにお父さんも、昨日や今日の病人ではなし、久しい間の事だから、そう後生大事に、二人が附添てゐなくつても、ちつとは我慢をしたがよい。何だねこの子は、何をグヅグヅしてるんだ。サツサツと帰つてお父さんにさうおいひ。帰る時分が来たら、呼びによこさなくツても帰るッと」大変に叱られたれば、今日もまたその通り、呼びに行つたとて帰らるる事にてはなかるべし。なまじい呼びに行つてまた叱られ、帰つてから昨日のやうに、お父さんにあたられてはそれも苦労と、思ひ返して父に向ひ「ナニネお父さん、おッ母さんは今に帰つて来るだらふよ。何ぞ用ならその間、私が」「イヤ別に用事ではないが、お前は昼中働いて、労れてもゐる事だから、せめて夜だけでも、おッ母さんに代はらせやうと…

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