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こわれ指環
こわれゆびわ
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「紫琴全集 全一巻」 草土文化
1983(昭和58)年5月10日
初出「女学雑誌」1891(明治24)年1月1日
入力者小林繁雄、門田裕志
校正者松永正敏
公開 / 更新2004-10-02 / 2014-09-18
長さの目安約 18 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 あなたは私のこの指環の玉が抜けておりますのがお気にかかるの、そりやアあなたのおつしやる通り、こんなにこわれたまんまではめておりますのは、あんまり見つともよくありませんから、何なりともはめかへれば、宜しいので……ですが私の為にはこの指環のこわれたのが記念でありますから、どうしてもこれをはめかへる事が出来ないのです。ああ月日の経つは誠に早いものでこの指環をこわしてから、もはや二年越になります。そのうちたびたび皆さんが、なぜそんな指環をはめてるの、あまり不似合じやアないかと、おつしやいましたが、これには実に深い子細のある事で、それが為、強ゐてそのままにはめておりますのですが、外ならぬあなたの事、いつそこの指環についての私の経歴をお話し致しませう。誠に私は、この指環を見まする毎に、腸を断ち切らるるよりもつらい思ひを致すので……ですが、これは片時も私の手を離す事は出来ません、それは何故と申せば、この指環は、実に私の為の大恩人なので、それはまた何故かと申せば、この指環が、私に幾多の苦と歎きとを与へてくれましたお蔭で、どうやらかうやら、私は一人前の人間にならねばならぬという奮発心を起こしましたからの事で。ですから、この指環は、いつも私の志気を鼓舞し、勇気を増すの媒となりまして、私の為にはこの上もなき励まし手なのでございます。……、人から御覧なされば、たいそう見苦しいようでござりませうが、私にとつては、実に千万金にも替へ難い宝で、真に私に似つかわしき品なのでございます。あなたはまだ、私の委しい経歴は御存じないでしやうが。私の身の上は、実にこのこわれ指環によく似てゐるのでござります。この指環と共に、種々の批難攻撃を人から受けますが、心あつてこわした指環、なんのそれしきの事はかねての覚悟でござりますもの、別に心にも止めませんが、ある時はこの指環を見て、ああ妾と共に憐れなる指環よと、不覚の涙に暮るる事もあるのです。けれども、また心をとり直して、人はいざ、神は私の心を知ろし召してくださいますから、と思ふて、自ら慰めております。ああこのこわれたる指環、この指環に真の価の籠もつてゐるとは、恐らく百年の後ならでは、何人にも分りますまい。
 何だか改まつてお話を致しませうと存じましたら、もう胸がいつぱいになつて参りました。忘れも致しませぬ、私がこの指環を私の手にはめる事となりましたのは、今よりてうど五年前のことで、私が十八の年の春でありました。私はちようどその春結婚致しましたので……夫から贈られたものなんです。けれどもただ今で申します契約の指環なぞと申すつもりで与へられたものではありません、ただ何心なく私に買つてくれましたものでござりますが、今から申せば、これを契約の指環と申しても差支へはないのでございませう。
 全体その節、私が結婚致しました頃などは、女子教育の種子が、ようやくちらほら…

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