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野路の菊
のじのきく
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「紫琴全集 全一巻」 草土文化
1983(昭和58)年5月10日
初出「女学雑誌」1896(明治29)年10月25日、12月10日
入力者小林繁雄、門田裕志
校正者松永正敏
公開 / 更新2004-10-05 / 2014-09-18
長さの目安約 23 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

   その一

 名にしあふ難波の街の金満家、軒を並ぶる今橋筋にもこは一際眼に立ちて、磨き立てたる格子造り美々しき一搆へ、音に名高き鴻の池とは、このお家の事であらうかと、道行く田舎人の眼を欹てぬもなしとかや。標札に金満家てふ銘こそ打つてなけれ、今様風にその肩書を並べなば、何々会社社長何銀行頭取何会社取締役と、三四行には書き切れまじき流行紳商、名さへも金に縁ある淵瀬金三とて、頭の薬鑵と共に、知らぬ人なき五十男、年を問うより世を問へとは、実にこの人の上をいへるにやあらむ。山高帽子いかめしく、黒七子の羽織着流して、ゆつたりと蝋塗の車に乗りたる姿は誰が眼にも、帽子を脱げばかみな月冬枯時もはや近く夕陽照りそふ禿頭、その後頭には置く霜の、白髪あるべき年輩とも、心付くもの稀なりとか。妻はその名をお秋といひて、金三よりは年二つ劣れりとは、戸籍の面に明らかなるものながら、ふけ性にて老人じみ、五ツも六ツも姉様の、出戻りなどしたるがかかり居るにやと、誰誤らぬものなきも道理、金三には別に、お艶といへる妾ありて家事万端とり賄ふなれば、新参の奉公人の、いつもお艶を奥様と思ひ、お秋を御隠居様と呼ぶも、あながちに咎むべき事ならねど、奥様と見誤らるるお艶の嬉しさに引替へ、御隠居様と呼ばるるお秋の心根、推し量らぬものぞなき。されど、慎み深きお秋の、ついぞ角目立ちたる事はなけれど、口さがなき下女下男は、とりどりに噂してお艶にくしといはぬはなけれど、人の事より我が身の上大事がるが世の習ひなれば羽振よきお妾さんに逆らふて、その身の損を招くでもないと、表向きはお艶に媚び諂へど、女部屋でのひそめきは、いつもお艶のよしあし沙汰なり。古参より新参に、新参よりまたそれへそれへと、いひ伝へ聞き伝へて今は誰知らぬものなきお艶の素生、彼は芸名を小艶といひて、もとは南地に左褄とりしものなりとか。芸よりは容貌で売れ容貌よりは男たらしの上手にていつも見番に千寿の花の咲かせしものなりしに、年頃物堅かりし金三の、四十二の厄年に祟られてや、七八年前よりはからずお艶に迷ひ出し、女はこれととどめをさされて、家を外なる駄々落遊びを、おとなしきお秋は気にして、それ程御意に入りしものなれば、お落籍せあそばした方がと、家の為夫の為に勧めし詞を渡りに舟と、年にも恥ぢず受け込みて、島の内あたりに妾宅搆へさせ、それにてやつと尻落着きたるものの、落着かぬは妾のお艶にて、彼はその前より俳優の丸三郎といへる情夫があり。それへ金のつぎ込みたさに、お客とりとの評判取りしほどの事、いかで心から金三に身を任すべき。落籍されての後も、危き首尾に丸三郎との逢瀬絶えざりしが、金三の顔次第に広く、身の忙しくなるにつけ、妾宅通ひも心に任せねば、本宅へとの命黙し難く、引取られては来しものの、あれのこれのと苦情を付けて、奥様との同居心苦しければ、年に一二度は気保養の為、湯…

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