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病牀六尺
びょうしょうろくしゃく
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「病牀六尺」 岩波文庫、岩波書店
1927(昭和2)年7月10日、1984(昭和59)年7月16日改版
初出「日本」1902(明治35)年5月5日~9月17日(「病牀六尺未定稿」の初出は「子規全集 第十四巻」アルス1926(大正15)年8月)
入力者川向直樹
校正者米田
公開 / 更新2010-12-25 / 2014-09-21
長さの目安約 178 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



○病床六尺、これが我世界である。しかもこの六尺の病床が余には広過ぎるのである。僅かに手を延ばして畳に触れる事はあるが、蒲団の外へまで足を延ばして体をくつろぐ事も出来ない。甚だしい時は極端の苦痛に苦しめられて五分も一寸も体の動けない事がある。苦痛、煩悶、号泣、麻痺剤、僅かに一条の活路を死路の内に求めて少しの安楽を貪る果敢なさ、それでも生きて居ればいひたい事はいひたいもので、毎日見るものは新聞雑誌に限つて居れど、それさへ読めないで苦しんで居る時も多いが、読めば腹の立つ事、癪にさはる事、たまには何となく嬉しくてために病苦を忘るるやうな事がないでもない。年が年中、しかも六年の間世間も知らずに寐て居た病人の感じは先づこんなものですと前置きして
○土佐の西の端に柏島といふ小さな島があつて二百戸の漁村に水産補習学校が一つある。教室が十二坪、事務所とも校長の寝室とも兼帯で三畳敷、実習所が五、六坪、経費が四百二十円、備品費が二十二円、消耗品費が十七円、生徒が六十五人、校長の月給が二十円、しかも四年間昇給なしの二十円ぢやさうな。そのほかには実習から得る利益があつて五銭の原料で二十銭の缶詰が出来る。生徒が網を結ぶと八十銭位の賃銀を得る。それらは皆郵便貯金にして置いて修学旅行でなけりや引出させないといふ事である。この小規模の学校がその道の人にはこの頃有名になつたさうぢやが、世の中の人は勿論知りはすまい。余はこの話を聞いて涙が出るほど嬉しかつた。我々に大きな国家の料理が出来んとならば、この水産学校へ這入つて松魚を切つたり、烏賊を乾したり網を結んだりして斯様な校長の下に教育せられたら楽しい事であらう。
(五月五日)



○余は性来臆病なので鉄砲を持つことなどは大嫌ひであつた。尤も高等中学に居る時分に演習に往つてモーゼル銃の空撃ちをやつたことがあるが、そのほかには室内射的といふことさへ一度もやつたことがない、人が鉄砲を持つて居るのを見てさへ、何だか剣呑で不愉快な感じがする位であるから、楽しみに銃猟に出かけるなどといふことはいくらすすめられても思ひつかぬことであつた。昨年であつたか岩崎某がその友人である大学生の某を誤つて撃殺したといふことを聞いた時に、縁も由縁もない人であるけれど余は不愉快で堪らなかつた。しかるにこの事件は撃たれたる某の父の正しき請求によりて、岩崎一家は以来銃猟をせぬといふ家憲を作りて目出たく納まつたので、それは愉快に局を結んだが、随つて一般の銃猟といふことに対してはますます不安を感じて来た。しかるに近来頭のわるくなると共に、理窟臭いものは一切読めぬことになつて、遂には新聞などに出て居る銃猟談をよむほど面白く心ゆくことはなかつた。ある坊さんがいふには、銃猟ほど残酷なものはない、鳥が面白く歌ふて居るのを出しぬきに後から撃つといふのは丁度人間が発句を作つて楽しんで居る…

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