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美談附近
びだんふきん
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「岸田國士全集26」 岩波書店
1991(平成3)年10月8日
初出「毎日新聞」1943(昭和18)年3月20日~30日
入力者門田裕志
校正者大野晋
公開 / 更新2005-01-02 / 2016-04-14
長さの目安約 19 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

     両袖献納

         一
 川村節子さんは、未だ嘗て、人のせぬことをしたことはなかつた。それほど、目立つことが嫌ひであり、異を樹てるといふことに趣味はなかつた。
 ところが、たつた一つ、今度といふ今度は、人のせぬことを、ついしてしまつた。夫の周作が不機嫌な顔をするのも無理はない。
 それは、新聞に、婦人の標準服といふものが図解入りで発表された、その日、川村節子さんは、式服を除いて、持つてゐる着物全部の両袖を切つてしまつたのである。
         二
 もう取り返しがつかぬ。
 家にゐる時はともかく、毎日買ひ物に出歩くにも、隣組の常会へ行くのにも、また、ちよつと親戚を訪ねるのにさへも、誰も着てゐない筒袖を着なければならないのである。
 初めのうちは、なるべく外へ出ないやうにし、そのうちにみんながさうなればと、その時を待ち暮したが、一向世間はさうなるやうに見えない。
 切つた袖は、幾枚も、丁寧にほどいて、火熨をかけて、畳んで、蜜柑の空箱にしまつてある。
 川村節子さんは、火熨をかけながら空想した――きつとこの両袖は、全国のを集めて、何かお国の役に立つ用途が考へられるに違ひないと。ふと「両袖献納運動」といふ言葉が頭に浮んだ。さういふ運動が、どこかの発議できつと起りさうな気がした。
 しかし、何時までたつても、さういふ運動は起りさうになく、ただ人がぢろぢろと、自分の風変りな恰好を眺め、なかには、女仲間で薄笑ひを浮べた顔も目につく。
 いつたい、どういふわけで、した方がいゝことを誰もしないのだらう?
「みんながする時にすればいゝんだ」
 と、夫の周作は、当り前のことしかいはないのである。
         三
 川村節子さんは、常会でちよつと希望を述べてみたことがある。それもさうだが、この組だけでやつてもはじまらぬといふ大方の意見で、あつさり片づけられた。
 新聞に投書をしてみようかとも思つた。夫に叱られさうである。川村節子さんは、たびたび、箱の中で切られた両袖がひそひそ話をしてゐる夢をみた。彼女の志はそれらの両袖に籠つて、今や脾肉の歎をもらしはじめたのであらう。
 川村節子さんは、毎朝毎夕、新聞をひらいて「両袖献納」の文字を探してゐる。

     アメリカ人形

 ある地方の国民学校の校庭である。全校の生徒が円陣を作つてゐる。
 その真ん中に、枯枝と落葉が一と山、焚火でもするやうに積まれてゐた。
 国旗が空高くはためいてゐる。
 校長先生を中心に、先生たちが厳粛な面持でその左右に控へてゐる。首席先生の手には、硝子箱入りの人形が青い眼を光らせてゐた。
 校長先生の声は、時々北風にあふられて聞えなくなる。しかし、生徒たちには、話の本筋はよくわかつた。米、英は憎んでも余りある日本の敵である。われら神州に生れ、正義の剣を抜いて、今や、傲慢無礼なる彼等…

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