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科学に志す人へ
かがくにこころざすひとへ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「寺田寅彦全集 第四巻」 岩波書店
初出「帝国大学新聞」1934(昭和9)年4月30日号
入力者砂場清隆
校正者青野弘美
公開 / 更新2003-03-04 / 2014-09-17
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 新学年開始のこの機会に上記の題で何か書けという編輯員からの御注文である。別に腹案もないからと一応御断りしたが、何でもいいから書けといわれる。自分の学生時代の想い出のようなものでもいいからといわれるので、たださしあたり思いつくままを書くことにする。上の表題は当らない。単に「追憶」とでもすべきであろう。
 自分の学生時代と今とでは、第一時代が変っている。その上に自分の通って来た道は自分勝手の道であって、他人にすすめるような道とも思われない。しかしともかくも三十年の学究生活の霞を透して顧みた昔の学生生活の想い出の中には、あるいは一九三四年の学生諸君にも多少の参考になるものがないとも限らない。
 明治三十六年に大学を卒業してから今日までの学究生活の間に昔の学生時代の修業がどれだけどう役に立ったかと考えてみる。学校で教わった色々の六かしいことは大抵綺麗に忘れてしまったように思われる。正常の教程課目として教わったことで後年直接そのままに役に立ったことは比較的わずかで教程以外に直接先生方から受けた実例教育の外には自分の勝手で自修したことだけが骨身に沁みて生涯の指導原理になっているような気がする。しかし、これは思い違いである。実際はやはり普通の講義や演習から非常なお蔭を蒙っていることは勿論であって、もしか当時そういう正規の教程を怠けてしまっていたらおそらく卒業後の学究生活の第一歩を踏出す力さえなかったに相違ない。講義も演習もいわば全く米の飯のようなもので、これなしに生きて行かれないことはよく知りながら、ついつい米の飯のおかげを忘れてしまって、ただ旨かった牛肉や鰻だけを食って生きて来たような気がするのであろう。講義の内容は綺麗に忘れているようでも入用なときに本を読めば、どうにか分かるようにちゃんと頭の中へ道をあけておいてくれたものはやはり三十年昔の講義や演習であった。云わば実戦に堪える体力を養ってくれた教練のようなものであったのである。平凡な結論ではあるが、学生のときには講義も演習もやはり一生懸命勉強するに限るのであろう。
 しかし、米の飯だけでは生きては行かれぬように、学校の正課を正直に勉強するだけで十分であったとは思われない。やはり色々の御馳走も食う必要があったと思われる。自分の学生時代にどんな御馳走があったか。思い出すままに順序もなくその二、三を書いてみる。
 先生方や諸先輩の研究に対する熱心な態度を日常眼のあたりに見ることによって知らず識らずに受けた実例の教訓が何といっても最大な影響をわれわれ学生に与えた。暑いも寒いも、夜の更けるのも腹の減るのも一切感じないかと思われるような三昧の境地に入り切っている人達を見て、それでちっとも感激し興奮しないほどにわれわれの若い頭はまだ固まっていなかったのである。
 大学へはいったらぜひとも輪講会に出席するようにと、高等学校時代に田…

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