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十二神貝十郎手柄話
オチフルイかいじゅうろうてがらばなし
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「十二神貝十郎手柄話」 国枝史郎伝奇文庫17、講談社
1976(昭和51)年9月12日
初出「文芸倶楽部」1930(昭和5)年1月~6月
入力者阿和泉拓
校正者小林繁雄、門田裕志
公開 / 更新2005-06-12 / 2014-09-18
長さの目安約 156 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

    ままごと狂女


        一

「うん、あの女があれなんだな」
 大髻に黒紋付き、袴なしの着流しにした、大兵の武士がこういうように云った。独り言のように云ったのであった。
 そこは稲荷堀の往来で、向こうに田沼主殿頭の、宏大の下屋敷が立っていた。
「世上で評判の『ままごと女』のようで」
 こう合槌を打つものがあった。旅姿をした僧侶であった。
「つまり狂人なのでありましょうな」
 これも単なる問わず語りのように、こう呟いた人物があった。笈摺を背負った六部であった。と、その側に彳んでいた、博徒のような男が云った。「迫害されて成った狂人なのでしょうよ」
「『ね、もう一度ままごとをしようよ』こう云って市中を狂い廻るなんて、おお厭だ、恥ずかしいことね」
 すぐにこう云う者があった。振り袖を着た町娘で、美しさは並々でなかったが、どこかに蓮っ葉なところがあった。
「それが一人や二人でなく、この頃月に幾人となく、ああいう狂人の出て来るのは、変だと云えば変ですなあ」
 こう云ったのは総髪物々しく、被布を着た一人の易者であった。冷雨がにわかに降り出したので、そこの仕舞家の軒の下に、五人は雨宿りをしたものと見える。
 今も冷雨は降っていた。その冷雨に濡れながら、髪を乱し衣紋を乱した、若い美しい狂人の娘が、田沼家の前を行ったり来たりしていた。
「ね、もう一度ままごとをしようよ」
 そう喚く声がここまで聞こえた。が、間もなく姿が消えた。裏門の方へでも[#「でも」は底本では「ても」]行ったのであろう。
 パラパラと不意に降って来て、しばらく経つとスッと上がる。これが冷雨の常である。冷雨が上がった。
「へい皆様、ご免くだすって」
 易者が最初にこう声をかけて、軒下から往来へ出た。
「それじゃ私も」
「では拙者も」
 などと云いながら五人の者は、つづいて軒下から往来へ出た。そういう様子を少し離れた、これも軒下に佇んで、雨宿りをしていた三十五、六歳の武士が、狙うようにして見守っていたが、
「またあいつら何かをやり出すな」
 言葉に出して呟いた。それから首を傾げるようにしたが、
「どうもそれにしてもお篠という女が、あのお方の側室にあがって以来、あのお方のやり方が変になられた。……どっちみちお篠に似た女の狂人が、こう輩出したのではやり切れない」
(よし、一つ調べてやろう)
 その日の夕方のことであったが、神田三崎町三丁目の、指物店山大の店へ、ツトはいって来た侍があった。雨宿りをしていた侍である。
「主人はいるかな、ちょっと逢いたいが」
「へい、どなた様でいらっしゃいますか?」
 店にいた小僧が恐る恐る訊いた。
「十二神貝十郎と云うものだ」
 主人の嘉助が奥から飛んで来た。
「これはこれは十二神の殿様で。……」
「ああ主人か、訊きたいことがある。この頃『ままごと』がよく出るようだが」…

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