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染吉の朱盆
そめきちのしゅぼん
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「妖異全集」 桃源社
1975(昭和50)年9月25日
初出「サンデー毎日」1927(昭和2)年1月
入力者ロクス・ソルス
校正者小林繁雄、門田裕志
公開 / 更新2005-01-09 / 2014-09-18
長さの目安約 36 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

     一

 ぴかり!
 剣光!
 ワッという悲鳴!
 少し[#「 少し」は底本では「  少し」]間を置いてパチンと鍔音。空には満月、地には霜。
 切り仆したのは一人の武士、黒の紋付、着流し姿、黒頭巾で顔を包んでいる。お誂え通りの辻切仕立、懐中手をして反身になり、人なんかァ殺しゃァしませんよ……といったように悠然と下駄の歯音を、カラーンカラン! 立てて向うへ歩いて行く。
 切り仆されたのは手代風の男、まだヒクヒクうごめいている。手に包を握っている。
 側に屋敷が立っている。立派な屋敷で一軒きりだ。黒板塀、忍び返し、奥に植込が茂っている。周囲は空地、町の灯に遠い。
 その塀に添って、カランカラーン、武士はおちついて歩いて行く。
 塀について左へ曲がった。
 矢張り悠然、矢張り歯音、カラーンカラン! カラーンカラン!
 また塀について曲がった途端、
「御用!」
 捕手だ!
 上がったは十手!
 武士、ちっとも驚かなかった。
 佇むとポンと胸を打った。
「へ――」
 と捕方平伏した。
「半刻あまりそこにいろ」
 いいすてて、またもカラーンカラン! 綺麗に歯音を霜夜に立て、そうして肩に満月を載せ、町の方へ行ってしまったのである。
 切り仆された手代風の男、まだヒクヒクうごめいている。
 と、右手から人の足音、雪駄穿きだな、バタバタと聞える。現れたのは職人風の男、死にぞこないにつまずいた。
「おっ!」というとつくばった。
「しめた!」というと飛び上がった。途端に右手が宙へ躍った。
 と、どうしたんだ、あわてたように「しまった!」と叫ぶと引っ返してしまった。どこへ行ったか解らない。
「あッ、取られた、大事な朱盆!」
 切られた手代風の男の声! そうしてそれなり、死んでしまった。

 数日経った或日のこと、
「ご免下さい」と訪う声。
 人殺しのあった側の屋敷、その玄関から聞えて来た。扮装だけはシャンとしているが、顔に無数の痘痕のある可成り醜い男が立っている。
「はい」と現れたのは小間使い「何かご用でございますか?」
「突然で不躾ではございますが、もしやお屋敷の庭の隅に、朱盆が落ちてはおりませんでした?」
「しばらくお待ちを」と這入って行った。
 引き違いに現れたのは一人の令嬢、「[#挿絵]たけた」という形容詞が、そっくり当て篏まるような美人であった。
「おたずねの品物、これでございましょう」
 差し出したのは一面の朱盆。
「へい、さようで」
 と醜い男じっと朱盆を眺めやった。
 何んて微妙な深紅の色だ! 金短冊が蒔絵してある。そうして文字が書かれてある。
「こひすてふ」という五文字である。百人一首のその一つの、即ち上の五文字である。
 男、ヒョイと令嬢を見た。と、チラチラと眼の中へ、狂わしい情熱の火が燃えた。
「ご免下さい」と行ってしまった。
 ところがそれから数日経…

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